着なくなった服も、誰かを思う気持ちも巡る。杭瀬のチャリティショップ

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写真、あざらしさん
あざらしさん(41)/「あざらし洋品店」店主

阪神杭瀬駅から北へ歩くと、いくつもの商店街が連なる、昭和の面影を色濃く残したまちなみが広がっています。その一つ、杭瀬本町商店街にあるのが「あざらし洋品店」です。

店内に並ぶのは、地域の人たちから寄付された着なくなった服、使わなくなったバッグやアクセサリーなど。その売り上げの1割を尼崎市内で子どもたちの居場所づくりに取り組む団体に届けています。イギリスで広がった、寄付された品物を販売し、その収益を社会貢献に活用する「チャリティショップ」の仕組みをベースにしたお店です。

店主のあざらしさんは、もともと尼崎に縁があったわけではありません。趣味で通う場所へのアクセスがよく、仕事にも通いやすいことからたまたま暮らし始めたまちで、学生時代に抱いた「いつかチャリティショップをやりたい」という思いが、約10年の時を経て動き始めました。

そのきっかけとは?どのようにして実現に向かっていったのでしょうか。

「いつかやりたい」と思っていた、チャリティショップ


写真、店主のあざらしさん 愛称であるあざらしという名前の通り店内の各所には愛らしいアザラシグッズが飾られている
店主の愛称「あざらし」は、アザラシ好きに由来。店内の各所には愛らしいアザラシグッズが飾られている

あざらしさんがチャリティショップを知ったのは、大学3年生の時でした。インターンシップで単位も取得できると知り、受け入れ先の一覧を見ていたところ、以前から通っていた好きな古着店を見つけます。参加してみると、その系列店の一つがチャリティショップだったのです。

「私も服が好きで、どんどん増えちゃうんです。でも、サイズや好みが変わったりして、どうしても着なくなる服が出てきます。リサイクルショップに持って行く方法もありますが、ほとんど捨ててしまっていたから。近所に気軽に持って行けるこんな場所があれば、まだ着られる服を活用できますし、それが支援につながり、仕事にもなるなんて!いつかしてみたいと、ぼんやりとなんですけど思ったんです」

卒業後は、学生時代から関わっていた障害のある人のホームヘルパーとして働いていました。10年が経った頃、世の中はコロナ禍に。これからの暮らしや働き方について考える時間が増えました。そんな時、学生時代に「いつかチャリティショップをしてみたい」と思ったことをふと思い出します。

「いつかと思っていたら、なかなか動き出せないから。今がいいかなと思って動き始めたんです」

一歩踏み出してみたら、一気につながっていった


写真、入口のドアは神戸・塩屋の洋館「旧ジョネス邸」のもの 杭瀬の見どころの一つになっている
入口のドアは神戸・塩屋の洋館「旧ジョネス邸」のもの。県内のチャリティショップつながりで、建具などを活用保存する取り組みとつながり、お借りすることに。店内側の扉の右上には、由来を示すプレートも。杭瀬の見どころの一つになっている

まず、近隣でチャリティショップを運営している場所を調べて訪ね、運営方法などについて話を聞いて回るところから始めました。その一つが、コープ尼崎近松店内にある「チャリティショップ ふくる」です。ふくるにボランティアとして参加するようになると、地域で活動する人たちとの出会いが次々と生まれました。

今、お店を構える杭瀬との出会いもそう。杭瀬のまちづくりに取り組む「杭瀬アクションクラブ」のメンバーから誘われ、会合へ。その後、地域のイベントに参加するようになります。紹介してもらった場所へ行ってみる、声をかけてもらったことには参加してみる・・・・・・そんな一歩一歩が、お店を形づくっていったのです。

一見、行動力があるように見えるあざらしさんですが、「基本は怠惰なんです」と笑います。「そんなに働き者でもないし、コミュニケーションも得意なタイプでもなくて。だからこそ、できないことを省いていく感じ。一度やってみて、『これは無理しているな』と感じたことは手放して、自分が無理なく、楽しい気持ちで続けられることを大切にしています」

そんなあざらしさんが心地よいと感じたのは、尼崎で活動する人たちとの関係性でした。決まった形に縛られるのではなく、それぞれができることややりたいことを持ち寄り、無理なく楽しみながら関わっている・・・・・・そんな自由でゆるやかなつながりが、このまちにはありました。

「どこの誰かもわからない私を、みなさんが快く受け入れて、助けてもくださいました。『このまちでなら、いろいろな人と関わりながら、お店をしていけそうだな』と感じたんです」

自分にできる方法で、自分も地域の誰かを支えていく


写真、支援先のofficeひと房の葡萄から届いた、子どもたちが描いたイラスト入りの感謝状
支援先のofficeひと房の葡萄から届いた、子どもたちが描いたイラスト入りの感謝状。「すごく嬉しかった」とあざらしさん

「この地域の人たちからの寄付で成り立っているので、支援先も身近な地域団体で、自分よりも若い世代を支える活動をしているところがいいなと思っていました」

支援先を探す中でたどり着いたのが、尼崎で子どもの社会的居場所事業や学習支援事業、若年女性のための自立支援シェアハウスの運営などに取り組む「一般社団法人officeひと房の葡萄」です。家庭を頼れない子どもたちのための自立支援型シェアハウスのクラウドファンディングのページにたどり着き、その活動に関心を持ちました。

「私にはメンタル面の不調で高校を中退し、しばらく療養していた時期があります。中学や高校時代に、学校と家以外に安心して行ける居場所があったら、もう少し生きやすかったのかなと思うところがあって。子どもたちの居場所づくりや、厳しい状況にある子どもたちを支える活動をされている団体とつながりたいと考えていたんです」

代表の赤井邦夫さんとは、「チャリティショップ ふくる」を運営するNPO法人月と風との清田仁之さんがつないでくれました。こうして支援先も決まり、2023年に「あざらし洋品店」をオープンしたのです。

服を通して生まれる、顔の見える循環


写真、店内の様子 アンティーク調の家具とたくさん並べられた洋服
服は汚れや傷みなどの状態は確認するが、デザインで選別することはないという。店内に並ぶ服を見ると、雰囲気を知った上で「これが合うかも」と選んで持ち寄られたような統一感がある

「支援の形は一つではないと思っていて。私の場合、直接関わる支援活動は向いていないと感じていました。でも、自分が無理なく続けられる方法として、チャリティショップという選択肢があったんです。チャリティショップのよさは、継続的に支援していけるところでもあります。だから、目標は続けること」

支援も、お店づくりも、無理なく続けられる形があってこそ。そうした姿勢で運営してきて、2023年5月から2026年6月までの間に、毎月平均して約1万5000円、累計56万2415円を寄付しました。着実に支援につながっています。

「服を寄付してくださる方がいて、買いに来てくださる方がいるから、続けることができています」

寄付した人にとっては、手放した服が誰かのお気に入りの一着として生まれ変わり、その売り上げが支援につながる。買った人にとっては、お気に入りの一着との出会いが、誰かを支えることにもなる。あざらしさんがその間をつなぐことで、寄付する人、買う人、支援先がゆるやかにつながり、服も思いも地域の中で巡っています。


写真、お店の前に立つ、あざらしさん

写真、毎月の寄付額をお知らせする掲示板

写真、店内で服が並んでいる様子

あざらし 1985年生まれ。20歳の時、夜間定時制高校への進学を機に京都へ移る。その後、大学に進学。大学時代は障害のある人のホームヘルパーにボランティアとして関わり、卒業後は仕事として現在も続けている。京都で12年間暮らし、「引っ越そうかな」と考えていたタイミングで、趣味の宝塚歌劇観劇にも仕事にも通いやすい尼崎へ2018年に転居。2021年、大学時代に出会ったチャリティショップの仕組みを思い出し、開店に向けて動き始めた。2023年5月に「あざらし洋品店」をオープン。地域の人たちから寄付された服やバッグ、アクセサリーなどを販売し、売り上げの1割を尼崎市内で子どもたちの居場所づくりなどに取り組む一般社団法人officeひと房の葡萄に寄付している。

あざらし洋品店のホームページ