市営住宅の空室でまちのお困りごとを解決

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 2020年、突然世界中を巻き込んだコロナ禍によって、私たち誰しもが日常生活の一変する状況を経験しました。収入減や住まいを維持するのが難しくなるといった、生活の不安は不意にやってくるかもしれないのです。安心して暮らせる住まいがあるということが、いかに大切か。
 そんな住まいのセーフティーネットになる全国でも先進的な取り組みが尼崎のまちで始まっていました。

募集停止の市営住宅の新たな試み


市営住宅外観

 それは、築年数や耐震性の問題から建て替えや取り壊しが予定され、入居者の募集を停止している市営住宅を活用した取り組みで、あまがさき住環境支援事業「REHUL(リーフル)」と名付けられています。

 入居者の募集停止となった市営住宅は、年々空室が増加し自治会活動を維持しづらいという課題がありました。一方、経済状況の急変などで住まいを失った人を支援する団体は、安価で提供できる住まいの必要性を感じていました。市側と支援団体の思いが一致し、市が入居募集を停止している26団地100戸を対象に、支援団体を通じて、必要とする人へ空室を提供することになったのです。元々の市営住宅の住民も新たな住民の受け入れで、団地内が明るくなったと歓迎しているといいます。

コープこうべのつながりを生かして


県下のNPOや活動団体との広いネットワークを持つ、コープこうべ第1地区本部の前田裕保さん

 この事業の窓口役を担っているのは、生活協同組合コープこうべ第1地区本部の前田裕保さん。現在、尼崎を含む4市1町の店舗運営や宅配事業、また機関運営などを担当する立場ですが、前任は神戸市東灘区の本部にある地域活動推進部に長く在籍していました。そこでは地域団体と連携し、生協ならではの助け合い活動を担い、県下のNPOや支援団体との広い人脈やネットワークを築いてきました。

 今回はそんなつながりを生かして、生活に困った人の相談に応えてきた専門的な団体とタッグを組んで、居住支援等を行っています。最初の窓口となるコープこうべをはじめ、様々な支援団体がネットワークを組み、対象者の生活相談に乗る中で必要に応じて、リーフル事業対象の空室へ入居をサポートするというものです。市側は未修繕のまま支援団体に1戸当たり月6,500円で提供しますが、どの部屋も何らかの設備入れ替えや改修は必要なため、その費用を団体側が負担します。そして、団体から必要な人へ安く抑えた家賃で貸し出すことができます。

 「社会にはいろんな不平等があることを見てきました。ぼくらだけではできないことを、いろんな方と協力して、社会を良くして行きたいと思っています」と前田さん。

お困りごとに応える強力な支援者たち


ウィメンズネット・こうべ、代表理事の正井禮子さん

 支援団体のひとつ、1992年に発足し神戸に拠点を持つ認定NPO法人女性と子ども支援センターウィメンズネット・こうべ。生きづらさを抱えた女性やシングルマザーを支援してきましたが、中でも住まい探しの相談は多く、不動産会社までスタッフが付き添ってきましたが、リーフル事業がはじまって、選択肢が広がりました。

 代表の正井禮子さんによると、母子で住む場合も、家賃の安いワンルームの賃貸住宅を選ばざるを得なかったそうです。「最初から2DKや3DKの広さの部屋で生活再建ができるのは、女性の心の回復や働く意欲を高め、子どもの健やかな成長にも役立ちます」と、新しい制度を歓迎します。「尼崎はどこを借りても交通機関へのアクセスが良くて便利」と支援を受けた入居者からも好評とか。

 正井さんは「母子家庭世帯の平均年収は2020年の推計で373万円※(子どものいる世帯全体の平均年収の半分以下)なので、家賃の捻出が難しい。なのに、住まいは自分で何とかするのが当たり前という風潮があり、それを支えてくれるこの事業は本当に助かっている」と語ります。
(※国が5年後ごとに実施している全国のひとり親世帯の実態調査により)

子どもに安心できる居場所を


officeひと房の葡萄、代表理事の赤井郁夫さん

 また、リーフル事業では、地域課題の解決に挑む団体も入居しています。一般社団法人officeひと房の葡萄は、JR立花エリアにある市営住宅に事務所を移転し、子どもの居場所や子どもの学習支援を行う「ぐれいぷハウス」の運営を行っています。代表の赤井郁夫さんは尼崎市の学習支援教室のボランティアの活動をきっかけに、子どもの学習習慣の背景にある、親の不在や不安定な家庭事情を知りました。子どもたちに学校や塾でもない家庭以外の第3の居場所の必要性を感じ、自ら団体を立ち上げたのです。

 当初は民家で活動を始めましたが、家賃が大きな負担でした。県営住宅や市営住宅の空室を借りられないかと兵庫県庁や市役所に行き相談しましたが、「目的外使用」という理由から叶いません。そんな時、リーフル事業のスタートを知り、すぐに応募の手を挙げ、市営住宅に活動場所を移します。部屋の改修費はクラウドファンディングなどの寄付を募って捻出しました。

 ここに通ってくるのは、近くの小学生から高校生まで。年末年始を除き毎日開所しており、赤井さんらスタッフの熱意に支えられています。「一人で学校に行けない」という子には登校の付き添い、また「自宅に帰ってもご飯がない」という子には食事を提供することも。「こういった場所が校区ごとにあったら、もっとたくさんの子どもを安心させられると思うんです」と、ぐれいぷハウスの活動が市内に広がっていくことを、赤井さんは夢見ています。

だれもが住みやすいまちを目指して


「日頃からしょっちゅう会ってます」という間柄のお三方(左から、赤井さん、正井さん、前田さん)

 支援団体のなかには、ホームレス問題や外国人労働者、留学生に関わる団体などがあり、有機的につながりながら、市営住宅を使って暮らしにお困りの人を支えています。
 空き家の増加という社会問題は、市営住宅の空室にも言えること。空室が増えて、コミュニティが維持しづらくなった市営住宅、困難や生きづらさを抱える人を支えるノウハウを持つ団体、さらにここから暮らしを立て直す人たち。市営住宅の空室を活かした取り組みは、だれもが住みやすい優しいまちとしてのインフラになりそうです。


ぐれいぷハウスの自習室

ぐれいぷハウスの本棚

ぐれいぷハウスの室内の様子