尼崎の福祉施設が作る極上のハム・ソーセージ

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塚本信之さん(64)/ハム・ソーセージ技能士

 2020年の第12回メイドインアマガサキコンペのグランプリ受賞を皮切りに、神戸新聞、東京新聞やベイコムなどのメディアに取り上げられ、認知度を高めながら販路を拡大しているハム・ソーセージをご存知ですか? 肉本来の味を口いっぱいに楽しめる、一度食べたら忘れられない「番屋惣兵衛(ばんやそうべえ)」のハム・ソーセージを手がける一般社団法人福祉心話会の技師長・塚本信之さんをご紹介します。

福祉施設だからできる手間と時間


番屋惣兵衛の商品とメダル

 一般社団法人福祉心話会は、障がい福祉サービス事業所として知的障がい者向けにグループホームや作業所を運営しています。尼崎市内では西長洲と名神に就労継続支援B型作業所があり、「しんわ名神工場」では障がい者さんの職業訓練として番屋惣兵衛のハム・ソーセージやベーコンを作っています。

 番屋惣兵衛ブランドのこだわりは、大量生産をする一般の食品メーカーではできない「手間と時間」をかけること。必要最低限の添加物とアルプスの岩塩で塩漬けする工程は、ウインナーは市販品の約3倍、ベーコンは約6倍以上の時間をかけて熟成。燻製の工程では、日本でよく使われる桜のチップではなく、本場ヨーロッパで使用されているブナを採用しています。長時間じっくりと燻すことで、口に入れた瞬間にお肉の旨味と香りがぶわっと広がります。


和風テイストの「山椒ベーコン」(左)と生地に牛乳を練り込んだ柔らかな「バイスウインナー」(右)。マスタードをつけて食べるのが、おすすめ

 少量生産の強みを生かし、変わり種商品の製造にも力を入れています。例えば栗を食べて育った豚の甘い脂が楽しめる「栗豚ロースハム」や、化学調味料は使わずに昆布をロース肉に巻いて塩漬・熟成させた「昆布締めロースハム」、また餃子の具が入った「餃子ウインナー」など。「山椒ベーコン」は軽く焼くだけで極上のおつまみになります。「一般の食品メーカーでは、他のウインナーに具材が混入したら大変なので餃子ウインナーのような変わり種は好みません。でもここは1日1品しか作らないから問題ないです」と話すのは、一級ハム・ソーセージ技能士の塚本信之さん。塚本さんは、番屋惣兵衛シリーズの開発をするために東京から尼崎にやってきました。

本当に美味しいものを作りたい


「しんわ名神工場」で話しをする塚本さん(左)と栃尾さん(右)

 塚本さんが、尼崎で番屋惣兵衛シリーズの開発を始めたのは2018年。食品メーカーで肉加工品の開発をしていましたが、定年後も会社で働き続けるか、第二の人生として社会に役立てることがないかと悩んでいたそう。同じころ大学の同級生で同施設長・栃尾惣一さんは、就労として利用者さんに技術を身につけてもらえるような新たな取り組みを模索していました。大学の仲間と働くのは楽しそうだと感じた塚本さんは、尼崎に単身赴任を決意。障がい者支援施設では珍しいハム・ソーセージ作りに乗り出します。


燻煙にはドイツ、ケレス社のスモークハウスを使用

 「『障がい者支援施設だから買ってあげよう』じゃなくて、食べて『美味い、もう一度食べたい』と思うクオリティの高いものを目指そうと立ち上げました」と振り返ります。栃尾さんの期待を背負った塚本さんも「メーカーでは採算ベースで開発をするので、コストと生産性を度外視して本当に美味しいものを作ってみたいという想いがありました」と、これまで培った技術を生かし、納得のいく商品を1年かけて開発します。

多様な人が混ざりながら働く


ウインナーの生地が温まらないように作業台を氷で冷やしながら作業します

 工場では、技師補と利用者さんが3人ひと組で作業をします。これまで障がい者福祉と関わりがなかった塚本さんは、利用者さんに作業を覚えてもらうことが大変だったそう。「利用者さんは作業を覚えて上手くなっていく段階に個人差があります。順序立てて理解して覚えていただくために、工程を細かく分けて少しずつ繰り返しながらの説明を行ったり、不恰好なウインナーができてしまった時には、動物のしっぽに例えたりして、楽しく話をつくりながらやり直しをすることもあります」と工夫を凝らします。


しんわ名神工場での直売所で販売員をする利用者さんたち

 そんな番屋惣兵衛シリーズは、ドイツ農業協会(DLG)で6回の金賞を受賞。美味しいと評判を呼び、現在はJAスマイル阪神での常設販売に加え、あまがさき観光案内所で開かれる「あまやさい市」や隔月で阪急西宮ガーデンズへの出店、百貨店での催事、尼崎市のふるさと納税返礼品など、さまざまな場所に販路を拡大しています。

 毎月最終週の土曜日に開かれるしんわ名神工場での直売会では、地元のリピーターも増えてきたそう。「家族みんなでファンになり、お歳暮の品にします」や「いつでも購入できる直売所を作って欲しい」などたくさんの声が寄せられています。塚本さんは、「利用者さんは製造から販売まで手がけます。お客様へ製品の説明をする姿は、自らの仕事に対しての誇りと自信と、自立の意識が高まっているように見受けられます」と話します。


工場の前で商品を持つお二人

 「心話会では、外国から来られた方も正職員として多く働いています。最近は社会貢献の一環として難民の方の受け入れも始めました。尼崎は外国の方にとっても住みやすいまちだと感じますね」と栃尾さん。また高齢者雇用にも力を入れており、「障がい者さん」と「外国の方」、「高齢者さん」が共生できる社会にしたいと話します。さまざまな人が混ざりながら働く環境は、多様な人とつながりを持ちやすい尼崎だからできることなのかもしれません。そんなみなさんが丹精込めて作ったハム・ソーセージ・ベーコンは、誰にも真似できないほど味わい深く優しい味がします。


話しをするおふたり

多品目のラインナップ

ウインナーを持つ塚本さん

工程の説明をする塚本さん

作業風景

長さを揃えたウインナー

脂の乗った栗豚ロースハム

笑顔で話す9代目番屋惣兵衛の栃尾さん

ブナのチップ

(プロフィール)
つかもと・のぶゆき 東京都出身、尼崎市在住。食肉科職業訓練指導員免許。一級ハム・ソーセージ技能士。趣味はウオーキングと写生画とお酒。尼崎はお年寄りが元気でいくつになっても仕事を持っており、働き者の多い土地柄だと驚いたそう。