映画に主演して見えてきた地域と福祉

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笑顔の佳山明さん
佳山明さん(26)/女優、チャリティショップ「ふくる」スタッフ

演技未経験で大役に抜てきされた理由

 脳性麻痺の障害を持ち、車いすで暮らす女性が、自立した生活とマンガ家になる夢を追って成長してゆく。そんな姿をリアルに、やさしく見守るように描いた『37セカンズ』という映画が2020年に公開され、大きな話題になりました。ベルリン国際映画祭で2部門を受賞するなど、国際的に高く評価された感動のストーリーは現在も各地で上映が続き、人気を呼んでいます。


満開の桜並木の前で話す佳山明さん

 主人公のユマ(貴田夢馬)を演じた佳山明さんはいま、尼崎のNPOが運営するチャリティショップ「ふくる」のスタッフとして働いています。取材の日、満開の桜の下に現れた佳山さんは、古着をリメイクした服を身にまとい、「服が大好きなんです」と顔をほころばせました。その表情とおっとりした語り口は、映画の中のユマと見分けがつかなくなるほどです。

「小中校時代に朗読コンクールに出たことはありました。お芝居や表現することに興味はありましたが、福祉の仕事をしていたこともあり演技は未経験でした」

 そう振り返る佳山さんですが、HIKARI監督は彼女が一つ目のセリフを発した瞬間、心を動かされたと映画の公式サイトで語っています。〈私たちが伝えた状況を、全て、彼女のまま、彼女らしく受け入れ、素直に反応してくれました。その純粋さに監督の私だけでなく、その場にいたスタッフ全員の心が震え上がりました〉と。

対話とコミュニケーションが支えた撮影現場


満開の桜の前で話す佳山明さん

 娘を大切に思うあまり、過保護ぎみになってしまう母親。自分に自信が持てず、キラキラした友人のマンガ家のゴーストライターにとどまっているユマ。殻をやぶろうと出版社に作品を持ち込んだり、夜の街をさまよってお酒を飲んだり、彼女は小さな冒険を重ねます。ユマという女性は、佳山さんにとって「わたしであり、わたしでないみたいな存在」だといいます。

 「エレベーターに乗れなくて困ったり、段差にウッとなったり、悲しい気持ちは自分もよくわかります。何か困っている時にいろんな方が声をかけてくださり、助けていただけるあたたかさも、自分の経験と同じ。ですが、わたしとは違うなという部分も色々ありました」

 そんな役を演じる彼女を支えたのが、監督やスタッフ、共演した俳優たちとの対話とコミュニケーションだったといいます。

 例えば「監督はわたしの感覚をとても大事にして、『このシーンはどう思う?』と何度も丁寧に聞いてくださり、母親役の俳優さん(神野三鈴)とは撮影前に一緒に街へ出かけたり、家の中で過ごしたりしました。そのような中で、お一人お一人に支えていただきました。感謝の気持ちでいっぱいです」

 特に印象に残るシーンを聞くと、「どの場面もそれぞれ好きなんですが……」と考えたあと、後半のタイ旅行のシーンをあげてくれました。大きな一歩を踏み出し、決意と不安を抱えたユマの表情が、美しい風景の中に描かれます。

どんな人も「生きづらさ」を抱えている


「ふくる」を運営するNPOの代表清田仁之さんと話す佳山明さん

 初主演作品が高い評価を受け、今後が注目される佳山さんですが、昨年秋からは「コープ尼崎近松店」内にある古着の店「ふくる」で週一回勤務しています。いまの仕事、それに尼崎の街や人びとについて聞いてみました。

 「仕事は主に接客ですね。服やおしゃれを通じて、いろんな方々と関われるのが楽しいです。尼崎の人たちはとても親しみやすく、お話好き。市内は交通網が充実してアクセスもよく、便利な街だなあと思います」

 街で買い物をしていると、自然な感じで声をかけてくれる人もいます。
 「『気になるものがあったら遠慮せず言ってくださいね』と言われたり。もしかして映画を見てくれた方かな……と、わたしのポジティブな勘違いかもしれないですけど(笑)。でも声をかけてくださるのはありがたいです」

 大学では地域福祉を専攻し、ソーシャルワークを学んだ佳山さんは、「色んな生きづらさについて知った」と言います。そして、自分が多くの人に支えられてきたように、自分もだれかの支えになりたい、と。

 「そのためにもっといろんな経験をして、視野を広げたい。語学力も身につけて、地域や人に関わる仕事をしていきたいです」。映画や芝居にも前向きです。「わたしにさせていただけることがあれば、これからも続けていきたい」と、夢はふくらみます。

だれもがふつうに生きられる社会に


満開の桜並木の前で笑う佳山明さん

 取材の中で「大学時代に聞いた、素敵な表現だなと思った言葉があるんです」と佳山さんが教えてくれました。

 『福祉とは、ふだんの暮らしのしあわせである』。だれもが困難や生きづらさを抱えているけれど、みんながふつうに生活でき、自分らしく生きられる社会。それは、映画の中でユマに向けられるセリフに重なりました。「障害があろうがなかろうが、あなた次第よ」──。


インタビューを受ける佳山さん

インタビューを受ける佳山さん

尼ノ國の合言葉ステッカーを持つ佳山さん

笑顔の佳山さん

帽子に付いた青い花のコサージュ

手のひらに桜の花びら

(プロフィール)

かやま・めい 大阪府生まれ、兵庫県育ち。出生時に脳性麻痺となる。日本福祉大学を卒業後、社会福祉士の資格を取得。
『37セカンズ』のオーディションで約100人の中から選ばれて映画デビュー。主人公の設定も、佳山さんに合わせて書き換えられた。

同作品の公開情報などは公式サイトで 
第75回 毎日映画コンクール スポニチグランプリ新人賞
第30回 日本映画批評家大賞 新人女優賞(小森和子賞)
チャリティショップふくるのサイトはこちら