酒場と食堂から福祉へ。関わる人を餃子のように包み込む

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写真、餃子酒場満太郎代表の辻孝太郎さん
辻孝太郎さん(44)/餃子酒場満太郎代表

2017年に1号店を大阪・十三にオープンして以来、JR尼崎、立花、阪急塚口と尼崎市内に店舗を広げてきた餃子酒場は、「満太郎」の名で親しまれています。

2024年、大阪梅田の大規模商業施設に出店すると、それを祝うかのように、地元・尼崎の満太郎ファンが行列に並んだといいます。

「近所にお店があるのに、わざわざ梅田で並ぶなんてね。応援したろ、という気持ちがほんまにありがたかったです」。今もその光景を思い出すと、胸が熱くなると語る代表の辻孝太郎さん。地元に愛される飲食店のこれまでと、これからを聞きました。


写真、餃子定食
にんにくを使わない看板メニューの餃子定食

徒歩10分圏内で育った尼崎ど真ん中の少年時代

「立北小、立中、市尼。高校までずっと徒歩10分以内でした」。辻さんは、まさに“尼崎ローカル”の中で育ちました。少年野球から中学では野球部に所属し、「人柄だけでキャプテンやってました」と笑います。

料理人だった父に連れられ、家族で外食する機会も多かったといいます。「美味しいって言うと、お店の人が嬉しそうで。そのやりとりが好きでした。こんないい仕事はないな、って思ってましたね」。その記憶が、後の原点になっていきます。

高校時代は「世界チャンピオンになる」と豪語し、近所のボクシングジムに通っていた辻さん。そんなある日、友人からかけられた「辻は社長に向いてるで」という何気ない一言が、人生の転機となりました。

飲食業の先輩でもある父に相談すると、「社長になるなら大学行っといた方がええんとちゃうか」と背中を押されます。しかし、高校3年5月時点の偏差値は36。

「大学の名前も全然知らなかったんですが、そこから必死で勉強しました。秋には(偏差値が)65くらいになってました」。担任も驚くほどのスパートで、同志社大学商学部に合格します。


写真、高校時代までを振り返る辻さん
「真面目で短気な子どもやったと思います」と振り返る辻さん

「将来は社長になる」就職先に選んだ投資の世界

京都での一人暮らし、大学生活の中心はアルバイトでした。「バーテンダー、クラブのボーイ、居酒屋、コンビニ…。やってみたい仕事は全部やりました」。遊び尽くした大学生活の後、「将来は社長になるから」と銀行やコンサル業界を回り、政府系投資会社に内定。いわゆるベンチャーキャピタルで、製造業やメーカーなどの財務を分析し、投資先を見極める仕事に就きます。

「会社ではお金をもらって勉強させてもらいました」。6年間の投資経験を経て、ふと父の経営する会社の決算書を見てみると、そこは「まっかっか(大赤字)」の状態でした。投資会社を辞め、頼まれたわけでもなく父の会社に飛び込んだ辻さん。「父親とは毎日喧嘩していた日々でした。そしてしょっちゅう、金融機関に借り入れの相談に行ってました。これまではお金を出す側だったのに(笑)」。家業の立て直しが、ここから始まります。

借金返済のため、フランチャイズで焼肉屋、たい焼き屋、とんかつ弁当、釜飯、うどんや丼の配達まで、次々と事業を展開するもすべてうまくいかず…。「妻の実家に挨拶に行く元日以外、364日無休・無給でした」。

そんな日々の中、チラシを配りながら街を歩いていると、阪急塚口駅前で一つの物件と出会います。「ここや、と思いました」と2014年、幼なじみとともに串カツとワインの店「カツ男爵」をオープン。失敗すれば会社が倒産、という背水の陣で、初めて一から考え挑んだ店が会社の窮地を救いました。


写真、インタビューに答える辻さん
「幼なじみの近(こん)ちゃんは今は会社の常務です」と話す辻さん

「父はこの道50年の中華料理人。子どもの頃から、ずっと美味しいと思っていました」。次に勝負すると決めたのは、父の味でした。にんにくを使わない薄皮の「餃子」「親父のチャーシュー」「海老玉子シューマイ」を看板に、2017年、お酒好きの聖地・大阪十三で「餃子酒場満太郎」をオープンします。

「満太郎」という名前に込められた家族の物語

「実は“満太郎”って、父が僕につけようとしていた名前なんです。のれんの文字は母が書いてくれました」。店名には、家族の物語が詰まっていました。尼崎で店舗を増やす中、辻さんの胸にはもう一つの思いがありました。

病気で障害者認定を受けた母が、それを理由に職を失った過去。「働きたい人が、働けない苦しさをなくしたい」。その思いから、企業などで働くことが難しい人が、就労訓練をする場として、2022年に就労継続支援B型事業所を開設します。


写真、スタッフと話す辻さん
スタッフは辻さんを「社長」ではなく「孝太郎さん」と呼ぶそう。

「彼ら彼女らが料理の仕込みをしてくれるおかげで、店に立つスタッフはお客さんに全力投球できる」。辻さんの言葉どおり、満太郎はどこか“人との距離が近い”お店です。

「尼崎は接近戦の街ですからね。料理だけじゃなく、会話を楽しむお客さんに鍛えられてきました」。その空気感もまた、満太郎の味の一部なのかもしれません。

餃子食堂から未来へ

2025年、尼崎市役所北側に餃子の「食堂」をオープン。ランチや定食を楽しめるこの店では、B型事業所から一般就労へステップアップしたメンバーも働いています。「いつか自分も満太郎のお店に立ちたい、そんな目標を持ってくれる人が出てきて、やっていてよかったと思えました」。


写真、のれんを手に笑顔の辻さん
母の文字が染め抜かれたのれんを手に笑顔の辻さん

現在はベトナムから技能実習スタッフを迎え、将来は彼らの故郷で「満太郎」を開いてもらうのが夢だといいます。辻さんが大切にしている会社の理念があります。「関わってよかったと思われる存在でありたい」。この街で多様な個性を包み込んでいくその姿は、まるで満太郎の餃子みたい――なんて、ちょっと素敵な物語ですよね。

プロフィール
つじ・こうたろう 1981年尼崎市生まれ。立花北小学校、立花中学校、市立尼崎高校…と立花地域で育ち、大学卒業後は投資会社を経て、2008年に父の経営する有限会社桃源郷に入社し代表に。2024年に社名を有限会社満太郎とし、5店舗の餃子酒場と製造直売所、2025年には食堂を開店。2022年からは就労継続支援B型事業所を運営し、福祉と飲食の両立を目指す。高校時代からボクシングを続け、現在も尼崎ボクシングジムに所属しリングに立つ。