阪急塚口駅前でアリクイ食堂を営む吉井佳子さん。塚口にお店を開き、塚口住民となってかれこれ20年。近隣の店主やお客さんとの距離が近い吉井さんだからこそ語れる、「住めば都」となった塚口のまちの良さをたっぷりと教えてもらいましょう。

隣町の伊丹出身の私は「まったく知らない土地ではないから」と、何も考えず本当になりゆきで、塚口に引っ越してきました。2006年の春、阪急塚口駅から南へ徒歩2分の場所に、小さなSHOT BAR「antbear(アントベア)」を始めたからです。
塚口に住みはじめると「なんと便利なところなのか」と、改めて実感しました。すんなりと大阪や三宮まで行けるし、駅周辺には銀行は揃っているし、郵便局や市役所のサービスセンターはあるし、旅券事務所がありパスポートだって取れるんです。これから「住めば都」となった塚口をご紹介しましょう。
便利とのんきのバランスが絶妙な街

バーテンダーから2012年秋、阪急塚口駅の北側でアリクイ食堂をオープンしました。ここで出会うのが、塚口商店街のちの「塚口笑店街」です。
シンボリックな「塚口さんさんタウン」がそびえ立つ塚口のメイン感のある南側に対して、北側は小さな個人店が集まるどこかのんびりとしたレトロ感があります。
塚口の映画館「塚口サンサン劇場」は、トイレがホテル並みにきれいで有名。音響も素晴らしく、知る人ぞ知るトガッた企画もやっているので、映画帰りの満足気なお客さんがアリクイ食堂にご飯を食べにやってきます。

また、阪急塚口駅から出発する伊丹線。品のよろしいマルーンカラーの阪急電車がゆっくりと急カーブするのは鉄道ファンでなくても風情があり、それを背景に駅を行き交う人たちを眺めながら、お客さんともおしゃべりが弾みます。
「あら、みんな傘をさしてきたね。洗濯物大丈夫かしら」
「あのワンちゃん大きくなったね。あのおばあちゃん今日も元気やね」なんてことを。
考えてみれば、アリクイ食堂の扉を大きなガラスにしたのはそのためかもしれません。2024年の春に、さらに駅に近い場所に移転してからは、以前よりも人の流れに敏感になりました。忙しくてそれどころじゃない…って日も多いですが、扉の向こうに毎日のおしゃべりのネタがある気がします。
小さくて良きお店がいたるところに…気づけば友達に

定食屋を始めたころは、それはそれは苦労して思い出すだけで、涙がポロリとしてしまいそうですが(過去記事参照)、それでも挫けずに、今の店舗の移転までこぎ着けたのは、塚口の愉快な仲間たちとの出会いのおかげです。失敗しながらもしぶとく塚口に居続けると、少しずつ仲間も増えてくるものです。
塚口の人は塚口が好き。どこに行ってもだいたい知っている人がいて、その知っている人が知っている人を呼んで仲間が増えていくというメカニズム。
お酒の飲めない青年が、ひとりでアリクイ食堂にご飯を食べにきて、毎度スポーツ新聞を読んでいました。後にその青年が私の夫になりました。当時、夫は私とのことを近所の立ち飲み処「うめぼし」の女将さんに相談していたそうです。「下戸なのに、がんばってお酒を頼みながらね」と、女将のばばちゃんに聞かされた日のことは、今でも忘れません。
そんな私も実は、お客さん同士のカップルを成立させたこともしばしば。約20年のキャリアですから、恋愛相談も得意になりましたので、ご相談の方はアリクイ食堂の暇なときでもどうぞ。
ともあれ、私は塚口の人たちに助けてもらいながら、毎日を過ごしています。ひとりで寂しくなったら、目の前にあるお店に「えいやっ」と飛び込んでみるのも塚口ではアリです。
塚口笑店街へいらっしゃい

阪急塚口駅北側改札から伊丹線の踏切を渡るとアーケードのない商店街の大きな看板が見えてきます。立ち並ぶお店同士仲も良く、日々のコミュニケーションも深いものがあります。

いつものように、私はギリギリまで食堂の仕込みをして、ちょっとコロッケの余りを持って予約していた美容院「Wall hair」へ。「仕込みの途中やから夕方までには帰してね」とだけ言って、シャンプー台で爆睡する私。店主の楠原くんは、そんなことには慣れていて、「コロッケ、今、食べていいですか?」と律儀に確認するだけで、あとは寝かせておいてくれます。
アリクイ食堂の仕事終わり。2階にある「Bar nono」のスタッフのまかないをドカッと作って持っていきます。次の日の朝、きれいに洗った食器と「美味しかったです。ごちそうさまでした」というメモ書きに胸をくすぐられます。

こじんまりとしたエリアだけれど、そこには毎日プチドラマやコントがあって笑いに堪えないので、「塚口笑店街」とみんなでネーミング。シンプルだけれどなかなか私も気に入っています。
ピンチに助けてくれる仲間たち

ほかにも商店街の仲間たちに助けてもらうことは、もはや日常茶飯事。
シンクの排水溝にすっぽりとお皿がハマって水が抜けない…。「どうしよう…」と真っ青になっている絶妙なタイミングで通りがかった「麺やマルショウ」の松浦さん。便利な道具を店へ取りに戻り、いとも簡単に解決してくれたり。
食洗器の洗剤の蓋が硬くてどうにも開かない…、「一生かかっても無理!!」ていうところで、隣の立ち飲み屋「ユニークベリー」の扉を叩いて、店主のけんちゃんにすんなり開けてもらったり。
目標は塚口のお母ちゃん

朝は8時半出勤。お米を3升炊くところから始まって味噌汁は12リットル。副菜作って、漬物切って、スタッフのまかない作って、休憩無しのノンストップ。手作りだらけの定食屋の毎日はスーパー激務。気づけばいつも22時を過ぎている…。
毎日、背中と肩と首が痛いし、ずっと眠くてお腹も空く。まるでNHKの連続テレビ小説「おしん」の主人公のような生活だと思うこともあるけれど。お店で見られる、仕事で疲れたお客さんがホッとする笑顔。おばあちゃんのゆっくり食べるしぐさ。お客さんが「ただいまー」と言わんばかりのほっこりとした空間。そんなものを見たいために「やっぱりこの仕事しかないなぁ」と、またご飯をよそっています。
そう、それはまさにみんなのお母ちゃん。だからお母ちゃんにもみんな優しくしてくださいね。塚口に住みだして長年経ちますが、まだまだ飽きることはありません。塚口なら電柱すら道すがら避けてくれるんじゃないかと思うことすらあります。それほど私は塚口に愛着を持っているんですよ。



(プロフィール)
取材・文:よしい・よしこ
伊丹市出身、尼崎市在住。バー店主を経て2012年アリクイ食堂を始める。2024年春、同じ商店街で移転オープンした。「移転後のほうが1.5倍ぐらい忙しくなった」とボヤキながらも「塚口のみんなのお母ちゃん」がゆえ、今日も朝から晩まで厨房に立ち続ける。
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