金属製ボールペン&スタンド「溜息3秒」で高く評価されたゼロ精工株式会社。航空機部品や油圧製品で培った精密加工技術を生かし、今度は金属製尺八づくりに挑みました。大阪・関西万博で紹介され、注目を集めています。
このプロジェクトを立ち上げたのは、同社の創業メンバーでもあるプロダクトデザイナーの金指博文さん。
なぜ、町工場が伝統楽器を製作したのでしょうか? その背景には、金指さんが積み重ねてきた“ものづくりとの向き合い方”があります。
デザインを超えて。町工場の可能性を広げる仕事
金指さんのものづくりの原点は、小学生の頃にさかのぼります。家にあったステレオセットのメカニカルなボタンに夢中になり、「いつか自分もこういうものをつくりたい」と卒業文集に書いたそうです。
専門学校でプロダクトデザインを学び、照明会社の企画室へ。毎年同じサイクルで、デザイン方針も決まった製品をつくる仕事に、次第に物足りなさを感じていったと振り返ります。「毎年同じことを繰り返すのは性に合わなかったですし、流行に乗るのも好きじゃない。子どもの頃から、たとえば部活は野球が流行ればサッカー、サッカーが流行ればハンドボール、さらにアメリカンフットボールと逆にいきたいタイプで(笑)」
5年ほど勤めた後、ルーティンワークが合わず、退職して1カ月ほど海外を旅していたところ、ゼロ精工の前身・カトギプレックスに勤める友人に誘われて入社。
工場の空き設備を活用して自社製品や他社のノベルティ、グッズの開発を手がけ、売り上げを補うと同時に、会社の顔としての役割も担うメタルクラフト事業部に配属されます。「市場を知らなければ、本当に求められるものはつくれない」と、営業から企画、デザイン・設計、試作、量産に向けた生産管理に加え、宣伝やブランディング、さらに自社製品であれば販売まで、一貫して関わるようになりました。
その後、会社の倒産を経て、仲間とゼロ精工を創業。メタルクラフト事業部を率いてきましたが、社会情勢なども重なり、“本業外の部署”のため、事業を縮小することに。金指さんは理想のものづくりを追求するために独立し、2013年に「delight labo(デライトラボ)」を設立しました。現在も工場内に拠点を置き、ゼロ精工と共創しながらものづくりを続けています。
技術力を“魅せる”デザイン。現場にいるからこそ、生まれる発想
金指さんは“ものづくりの全体に関わるデザイナー”として、町工場の技術力を生かしながら、特色のあるプロダクトを生み出してきました。
「旋盤加工は金型が不要で初期投資が少ない分、小ロットでもオリジナルデザインに挑戦しやすい。だからこそ、実験的なものづくりも進められるんです。製作できる形は一見シンプルですが、発想次第で形や質感、素材の組み合わせまで幅広い表現ができます。必要に応じて他の町工場の技術と掛け合わせることで、さらに可能性が広がるんです」
代表作の一つが、金属製ボールペン&スタンド「溜息3秒」。スタンドに戻したボールペンが、安堵の息をつくようにゆっくりと沈んでいく“3秒の動き”は、ボールペンの外径とスタンド内径のわずか20ミクロンの精度が成せる技。金指さんのデザインが、ゼロ精工の技術力を最大限に生かした魅力的な製品を生み出しました。金属ならではの質感と存在感により、機能性と意匠性が両立した製品です。
自社オリジナル製品にとどまらず、他社からの依頼にも幅広く応えてきました。エステサロンの化粧水用の金属製ボトルケース、自動車メーカーのホイールを模した小物ケース、映画会社の作品をモチーフにしたオブジェなど、機器メーカーや製薬メーカー、ホテル、広告代理店といった多様な企業のノベルティやグッズを数多く手がけています。
実績が積み重なるにつれて、「こんなものも製作できませんか?」という相談が舞い込み、その連鎖こそが挑戦的なプロジェクトへとつながっていきました。金属製尺八もその一つです。
製品は通過点。挑戦が切り拓くもの
「溜息3秒の技術で、金属製尺八を製作できませんか?」。2020年、元尼崎市職員で尺八奏者の師範・吉村蒿盟さんから電話で問い合わせがあり、その日のうちに来社され、具体的な相談を受けました。
竹製の尺八は、乾燥で割れやすく気候で音が揺らぎ、修理にも手間がかかって元の音色に戻らない場合があります。金指さんは、かつて木製だったフルートが1840年代、パリの博覧会で金属製が発表され、広く普及していった歴史に注目。「尺八も金属化すれば、より安定した音が出せるはず」と考えました。さらに、「大阪・関西万博で、尼崎発の金属製尺八を発表できたらおもしろい」とも。
この依頼を、日本の伝統楽器の未来につながるプロジェクトとして、吉村さん、ゼロ精工、そして金指さんの3者で進める形にしました。ゼロ精工を中心に、尼崎市の町工場の技術を結集し、必要に応じて市外のネットワークにも協力を仰ぎながら、試作と調整を重ねていきます。
和楽器の音階は極めて繊細で、吉村さんが求める音に合わせて調整しようにも設計図は存在しません。加えて、2時間ほどの演奏中でも持ち続けられる軽量さも求められます。それらを叶える素材として、マグネシウム合金を採用。粉じん爆発の危険度が高く、加工には高度な知識と技術が必要で、対応できる工場は限られます。ゼロ精工の技術力が試される挑戦でした。
当初は「万博に出るかも」程度の話でしたが、金指さんが想いを周囲に語り続けるうち、メディアにも取り上げられ、最終的にはゼロ精工の人脈が重なって、話は現実のものとなったのです。そして、大阪・関西万博のEXPOホールで行われた演奏会では、奏者から「金属製でこんな音が出るなんて信じられない」、鑑賞者からは「金属製とは思えない柔らかな音色で、真竹の尺八と音の区別がつかない」「金属製と言われなかったら気づかなかった」といった声が寄せられました。
「技術力×デザイン力」の先は無限大
金指さんの挑戦は「技術力×デザイン力」のものづくりにとどまりません。「この尺八を使って、尼崎城や寺町といった歴史的な場所で演奏イベントができれば、尼崎市の観光の新たな魅力につながると思うんです」
阪神尼崎・大物周辺は、商店街や寺町、再建された尼崎城、阪神タイガース2軍球場など、歴史と文化、生活が入り混じるエリア。さらに、国内トップクラスのシェアを誇るメーカーや大手メーカーを支える技術力を持つ町工場が集積しています。
この重層的なまちを、伝統楽器と最先端技術が融合した金属製尺八「心妙(しんみょう)」を切り口に歩いてもらえる仕組みをつくれたらと、金指さんは思い描いているのです。
「×地域」「×音楽」「×伝統」「×若い世代」など、出会う人や企業、場所や文化とのさらなる掛け合わせによって、新しい可能性を生み出し続けています。
かなさし・ひろふみ 大阪府豊中市出身。専門学校でプロダクトデザインを学んだ後、町工場の照明関連企画開発室に勤務。退職後、ニューヨークやフロリダなどを巡る一人旅と、1カ月ほどバックパッカーとしてヨーロッパを旅し、視野を広げる。1995年にゼロ精工の前身となるカトギプレックスに入社。倒産を経て、2004年に仲間とゼロ精工株式会社を設立し、メタルクラフト事業部の責任者兼デザイナーを務める。2010年に同社子会社「ゼロラボ株式会社」を設立し、代表取締役に就任。2013年に独立し、「喜ばせるものづくり」を探究する場として「delight labo(デライトラボ)」を立ち上げた。現在は、創造社デザイン専門学校でブランディングデザインとプロダクト領域の非常勤講師を務めるほか、メイドインアマガサキの実行委員としても活動している。