尼崎市立尼崎双星高等学校の正門を入ってすぐの校舎には「祝 日本代表 宇宙甲子園世界大会(模擬衛星部門) 宇宙科学部」の垂れ幕が掲げられています。2024年度、同好会から部に昇格して1年目で宇宙甲子園の缶サット(模擬人工衛星)部門全国大会で初優勝し、この夏、日本代表として世界大会にも出場。
快進撃を続ける宇宙科学部を訪ね、その強さのヒミツをお聞きしました。
コンパクトでクールな缶サットとは?
缶サット(模擬人工衛星)はロケットから放出された後、風に乗って落下。宇宙甲子園の缶サット部門は、この缶サットを使ってミッション(実験)を行う競技です。ミッションの成否だけではなく、目的や課題を説明する事前プレゼンテーション、結果を報告する事後プレゼンも評価の対象です。
各校で設定するミッションには独創性が求められます。大気中の水分量を計測して天気を予想したり、薬剤や種を空中散布したりと、他校では滞空中のミッションが多い中、同部のミッションは缶サット着地後にも行われます。
つまり、缶サットが落下の衝撃に耐えられるという前提の難しいミッションです。
振り子のように大きく揺れながら降りてきた缶サットは、上空2メートルでパラシュートから切り離され、バウンドして地面を転がります。缶サットは自動で起き上がると、底についたドリルで掘削を始めました。振り子運動や切り離しのタイミングは缶サットが破損しないように、実験を繰り返して導き出したそう。
「缶サットが立ち上がる」というテーマは先輩たちから引き継いだものです。鉱物採取(2023年度)、地下水分量の測定(2024年度)という月面での資源採取を想定したミッションは、宇宙開発と聞いて私たちが想像することよりももっとシンプルなのかも、と思わせてくれます。
地域と企業からの熱い応援
顧問の櫻木先生は前任の兵庫県立尼崎工業高等学校で電気自動車の走行距離を競う「エコデンレース」に挑戦し続けたものの、頂点に立つことはできませんでした。しかし、偶然知った「宇宙甲子園(缶サット部門)」で優勝を果たし、異動先の尼崎双星高校の生徒たちにも優勝を経験してほしい、と同好会を立ち上げました。
同部は、人工衛星の電波受信アンテナやクリーンルームなど、大阪公立大学と同じ設備を持っており、衛星の打ち上げ時に共助し合える関係を目指しています。「双星(高校)から衛星を打ち上げたい」と話す櫻木先生。電波を送信する免許の取得も済み、今はデータの送受信テストをする段階に入っています。
ロケットの機体には企業名がずらり。さまざまな分野の電気設備工事を担うニューテックやAtomsWorld、機械加工業のALTERTECHといった尼崎市内の企業をはじめ、国内外の企業が宇宙科学部の高い技術力や挑戦する姿勢を評価して、遠征費用の援助や技術協力などのサポートをしています。尼崎ドライブスクールは遠征時、運転手つきでマイクロバスを提供してくれるそう。
宇宙科学部も、他の高校や大学と合同で打ち上げ実験を実施して技術交流を図るほか、小学生向けにロケット製作と打ち上げを指導する「ロケットキャンプ」を開催するなど、国が押し進めるSTEAM教育と地域貢献に尽力しています。
勝利のカギは「プレゼン力」と「リスクマネジメント」
3年生の才野木さん(前部長)と米田さん(前副部長)が入部した当時、6名だった部員は今や総勢18名という大所帯です。
「中学を出たばかりの僕にとって、ロケットなんて非現実的な世界だったんです。でも、部活を見学したときに先輩たちがロケットとか工作をしているのを見て『おもろそう!』と思ったんです」と才野木さんは入部のきっかけを教えてくれました。
普通科の才野木さんと米田さんは2024年度の全国大会優勝時のメンバーに選ばれています。櫻木先生の選抜基準は「缶サットへの貢献度が高い者、プレゼンが上手な者、缶サットやロケットの不具合にすぐ対応できる技術力を持つ者」。
プレゼン担当の才野木さんは全国大会でも緊張知らずでした。それはミーティングでの日報報告や企業訪問など、1年生のときから日常的に人前で話したり大人と会話したりするトレーニングを積んできた成果の表れです。
2025年度の出場メンバーは2年生で新部長の中原さん(商業学科)、新副部長の抱さん(電気情報科)を中心とする新体制。プレゼン担当の中原さんは才野木さんに引けを取らない落ち着きぶりで先生を驚かせました。
櫻木先生は部内でマネージャーに徹しています。勝利のためにリスクマネジメントを徹底し、大会当日に起こり得る全てのトラブルとその対処法を部員たちと考え抜き、予備機などの準備も怠りません。
しかし、日本代表として今年7月に行われた世界大会で、尼崎双星高校は新たな課題に直面しました。
才野木さんは「ミッションも事前プレゼンも事後プレゼンもうまくいったけど、質疑応答で失敗しました」と悔しそうな表情を見せます。質疑応答時に言葉の壁に阻まれ、惜しくも準優勝という結果に終わりました。世界大会を経験して気づいた新たな壁です。
「できないことはないと信じて、粘り続けてほしい」
部員たちが口を揃えて「知識量、技術力、コミュニケーション能力、その全てが秀でている」と絶大な信頼を寄せている櫻木先生からレベルの高い課題を出されることも。それでも果敢に挑戦するのが宇宙科学部流です。
「最初からできないと諦めるのではなく、できないことはないと信じて、粘り続けてほしい。この部活動を通じて自分も結構できるんだと実感できたら、人生においても大きな可能性を信じられると思います」と櫻木先生は話します。
2025年度の缶サット部門の全国大会は来年2月に開催予定。世界大会準優勝の悔しさを糧に、宇宙科学部は缶サットのように再び立ち上がって頂点を目指します。