「尼崎はこんなに面白い!を伝えたい」最年少サマセミ実行委員長

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写真、大学生の渡邊百笑さん
渡邊百笑さん(22)/大学生

「みんながセンセイ、みんながセイト」を合言葉に、尼崎の学校を借りて行われる夏の学びの祭典「みんなのサマーセミナー」、通称「サマセミ」。2015年から始まり、今や尼崎の夏の風物詩ともいえる一大イベントに成長しました。現在、その実行委員長を務めるのは大学生の渡邊百笑(もえ)さん。看護大学に通いながら、市内の地域福祉にも深く関わっています。そこに至るまでにはサマセミをきっかけに、いくつもの尼崎の人との出会いがありました。

「変なセミのチラシ」から始まったサマセミとの縁


写真、インタビューに答える渡邊さん

小学生の時、学校で配布されたチラシを「変なセミの絵だな…としか思っていなかった」というサマセミと再び出会ったのは2019年、渡邊さんが高校1年生のときでした。今も恩師と慕う高校の先生から、先輩が“センセイ”を務めるサマセミの授業へ誘われました。初めてその空気に触れ、熱気が忘れられず、しかし翌2020〜2021年はコロナ禍で開催がオンラインに。そこに参加しながら、その縁を手放さずにいました。

本格的に関わり始めたのは、2022年、大学1年生の時に参加した“サマセミ復活”の年でした。そこで出会った大人たちは、今まで出会ったことのないタイプ。「こんな近くにこんな面白い大人がいたんだと、その時から尼崎を見る目が変わりました」。さらには「尼崎も捨てたもんじゃないな」という思いが芽生えます。

特に住まいに近い園田エリアにあるシェアスペース「hinata(ひなた)」にはよく顔を出し、お茶を飲んだり、ヨガをしたり。障がいのある人もない人も一緒になって楽しめる場をつくろうと始まった「ミーツ・ザ・福祉」のイベントでもボランティアを経験するなど、地域との結びつきはどんどん深まっていきました。

サマセミでは、実行委員となった2023年は『女子大生2年目が伝える尼崎の魅力!』、2024年は『看護と福祉のはざま』というテーマで授業も担当。2025年には、ついに実行委員長となりました。

祖父の病床で芽生えた、看護への思い


写真、インタビューに答える渡邊さん

小学生の頃はいじめ、中学生では身近な友人の不登校を経験した渡邊さん。「あまり大人を味方と思えないような子どもでした」と振り返ります。そんな渡邊さんが選んだ高校は、県立尼崎小田高校の看護医療・健康類型。看護師や理学療法士、スポーツトレーナーなど医療・健康分野を目指す生徒が集まるコースで、病院や介護施設でのインターンシップやボランティアも経験できます。

看護を目指すようになったきっかけは、幼稚園の頃にさかのぼります。同居していた祖父が入院し、幼いわたなべさんは「入院=死」しかイメージできず怯えながらお見舞いに行きました。そのとき、一人の看護師が優しく声をかけてくれたのです。

「『おじいちゃんの病気はこんなんだよ』『何日くらいしたら退院できるよ』と子どもの私にも分かるよう優しく説明してくれたんです」——その言葉が、幼い心の不安をほぐしました。
その経験がいつしか「自分も誰かのそんな存在になりたい」という思いへと育ち、看護の進学を決意させました。

現在のアルバイト先は尼崎・園田にある「NPO法人サニーサイド」。障がい者が「社会に参加し、それぞれの生活の可能性を広げ、自立していく」ための拠点を目指して活動する法人で、渡邊さんは学童保育や介護ヘルパーなどさまざまな現場でスタッフを務めています。

大学の実習では病院・高齢者施設・保育所など幅広い場を経験してきましたが、「将来的に希望しているのは障がい福祉の現場です。その人がその人らしく生きることを応援できるから」と、その理由を教えてくれました。

実行委員長として、熱中症ゼロ達成、そして次世代へ


写真、サマセミ当日の副実行委員長の二人と渡邊さん(中央)
サマセミ当日の副実行委員長の二人と渡邊さん(中央)

サマセミ実行委員長は立候補制で任期は2年。渡邊さんが手を挙げた理由はシンプルでした。「私が発見した尼崎はこんなに面白いんやで、ということを伝えたい、と。それは大学生の今しかできないことだと思ったんです」。最年長の前委員長からの、最年少へのバトンタッチでした。

立候補を相談したとき、周囲から「副実行委員長2名はしっかりした人を指名するといいよ」とアドバイスをもらい、先輩格の副委員長2人が渡邊さんを支えます。毎月の実行委員会の前には、市内の飲食店に3人で集まり「来月の会議はどう進めるか」を数時間かけて打ち合わせ。実行委員会は4月から月1回ペースで始まり、開催2カ月前には月2回、1カ月前は毎週開催と、夏の開催に向け熱量を上げていくのです。


写真、2025年サマセミ実行委員会のメンバーと渡邊さん
園田学園大学内で、2025年サマセミ実行委員会のメンバーと渡邊さん

実行委員長として新たに取り入れたこともあります。夏真っ盛りの開催期間中、熱中症対策として会場に看護師を配置することを提案。血圧計も設置し、「熱中症ゼロ」を達成しました。看護を学ぶ自身の強みを、イベント運営に生かした形です。

「みんながセンセイ、みんながセイト」―まだ届いていない場所へ


写真、笑顔の渡邊さん

サマセミのスクールモットーは「みんながセンセイ、みんながセイト」。今、実行委員長2年目の渡邊さんには少しもどかしさがあります。

「授業のセンセイだけして帰る人もいる。まだまだスクールモットーが伝わっていないところがあるなぁ、と」。さらに、「中学生や高校生にもセンセイとして授業に立ってほしい、参加者ももっと若い世代に広がってほしい」—そんな思いも持っています。

サマセミをきっかけに、尼崎と出会い直し、人との縁をたぐり寄せながら歩んできた渡邊さん。「尼崎も捨てたもんじゃない」と気づかせてくれたこの街で、次の誰かに同じ気づきを手渡したいと、今日も動き続けています。

プロフィール
わたなべ・もえ 2003年、尼崎市食満で生まれ育つ。祖父母も一緒に暮らす家で育ち、幼稚園時代の祖父の入院をきっかけに看護師の道を志す。県立尼崎小田高校の看護医療・健康類型へ進み、現在は大阪府下にある看護大学に通う。2023年、第9回サマセミで実行委員メンバーとなり、2025年からサマセミ実行委員長を務める。

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