外国から尼崎に来た人たちの頼れる“おむかいさん”に

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写真、多文化交流イベント主催者の大山崇寛さん
大山崇寛さん(52)/多文化交流イベント主催者

1月17日、小田南生涯学習プラザで開催された多文化交流イベント「おむかいさんプロジェクト」。市内在住の外国人や日本人を前に、主催者の大山さんはこう呼びかけました。

「ちょうど31年前の今日、このまちを大きな地震がおそいました。倒れた家にはさまれた人をご近所の人が助けました。普段から私たちが地域に暮らす外国人に壁を作ることなく知り合えば、あの日のようにみんなで助け合える。そうなれるように、この会は活動しています。今日も楽しく過ごして、みんな知り合いになりましょう」。

書き初め、おもち、羽子板…日本のお正月を体験


写真、右は、書道講師のしかたさんを紹介する大山さん
書道講師の四方(しかた)さんを紹介する大山さん(右)

この日は「日本のお正月」を体験するため、書き初めやおもちを食べたり、コマや羽子板で遊んだりするプログラムが用意されていました。

教室には書道セットが並べられ、大きなブルーシートも敷かれ、巨大な紙に書けるように準備されています。

講師は書道講師の四方美幸さん。障害の有無に関わらないバリアフリー社会を目指して「尼崎バリアフリー部」という活動を始めた時期が大山さんと重なり、知り合ったそうです。

ベトナム、ポーランド、モロッコから来日。尼崎が「第二の故郷」に


写真、自分の書いた書を手に記念撮影する参加者たち

この日集まったのは、市内に住むベトナム人のバオチャンさんが声をかけ、モロッコ人のモアドさん、ポーランド人のアンジェラさんは小学生の子どもとともに参加しました。全員書道は初めてだったそう。バオチャンさんは、小田南生涯学習プラザに嘱託職員として勤めていた時からこのプロジェクトに参加しています。

3人はそろって同じ日本語教室に通っているため、お世話になっている先生の名前を書き、盛り上がります。来日9年、尼崎在住歴も8年となるバオチャンさんはすっかり尼崎通。「尼崎は第二のふるさとやねー」と明るい笑顔で話します。

日本人参加者の中には、大山さんの高校時代の同級生もスタッフとして集まりました。大山さんの妻・りえこさんや大学生の息子も友人を誘って参加。他にも、生涯学習プラザの別のイベントで来所した際、このプロジェクトを知り、以来何度か参加しているという男性の姿も。子ども時代にアメリカで暮らした経験があり、この日は生後間もない子どもを連れて、家族で参加していました。

活動の原点は孤独だった留学生活


写真、人と書いた書を持つ大山さん

生まれも育ちも尼崎という大山さんが、この活動を始めるきっかけはなんだったのでしょうか?

20代はじめ、アメリカのカリフォルニア州サンタモニカに留学した大山さん。渡米してしばらくは知り合いもなく、英語もうまく話せず、うつうつとした日々を過ごしていました。そんな時、声をかけてくれたのがアパートの隣にあったたばこ屋と中華料理屋のおばさんでした。

「ジャパニーズボーイ、今日はどんな一日だった?」と声をかけられ、片言の英語で話すひとときが、寂しい留学生活を救ってくれたのです。また、アパートの部屋での孤独を癒してくれたのはラジオでした。当時、テレビはほとんど収録された番組でしたが、ラジオは生放送が多く、人とつながる温かみが感じられたからです。

帰国後、アメリカでの孤独を救ってくれたラジオの仕事をしようと、ラジオ番組の制作会社でADとして働き始めました。仕事は面白かったものの、あまりに不規則な生活に6年ほどで退社。

その後は、尼崎のハローワークで職探し。「あんたの経歴は変やな~、英語能力も必要ないけど、ここの会社の社長さんやったら話、聞いてくれるんとちゃうか」と紹介されたのが、現在、勤める尼崎の梱包と物流の会社でした。今や就職して20年以上になり、職住近接の暮らしを実現しています。

行きつけのネパール料理店の親子と山登りも


写真、大きな書を前に参加者と話す大山さん

プロジェクトを始めるきっかけとなった経験がもうひとつ。自宅近くにあるネパール料理店でのできごとでした。家族でお店に通ううちに、ネパール出身の店主の妻と世間話を交わす仲に。

ある時、彼女に「ネパールに住んでいたときは山によく行ったのに日本に来てから、一度も行ったことがないのよ…」と、打ち明けられました。「えー?! 尼崎の近くにだって山はあるよ、それなら一緒に行こうよ」と、ネパール人一家と大山さん家族で一緒に神戸市の摩耶山にハイキングに出かけました。当時3歳ほどだった彼女の子どもは、最初は大山さんを警戒し固い表情でしたが、帰りには大山さんの手を引っ張って下山したといいます。

「あー、こういうことやな、と。普段から近所の外国人と話して、何か困ったら気軽に相談し合える関係が大事やな…」という思いとともに、20代のアメリカ留学を支えてくれた、“おむかいさん”との思い出がよみがえってきました。

ご近所に暮らす外国人との関係づくりを考え始めた大山さん。まずは大阪や神戸、京都にある国際交流団体のイベントに妻と一緒に参加することに。「1年半くらいかな、あっちこっちのイベントに通い詰めたんですよ」。妻・りえこさんからの「定年後にしたら?」という声もよそに、2024年4月「おむかいさんプロジェクト」を立ち上げました。

いつかホントの“おむかいさん”になる日まで


写真、コマ回しに挑戦する参加者たち

書き初めのあとは、BBQセットを使って焼いたおもちや焼き芋をみんなで美味しくいただいたり、その場に偶然居合わせた人も一緒になってコマや羽子板で遊んだりして楽しみます。

なんとモロッコには日本のコマによく似た「トロンビア」という遊び道具があることを、モアドさんがスマホで写真を見せながら、みんなに教えてくれました。

終始、常連さんや初めての参加者、スタッフへの声かけなど気配りをしながら、場を盛り上げる大山さん。「いつかはこういう場がなくても、身近な外国人と自然に関係を持てるようになりたいと思ってるんです」。


写真、参加者一同の記念撮影
今年の抱負など思い思いの書を前に参加者一同の記念撮影

ここ数年、尼崎に転入してくる方の15%前後が外国にルーツを持つ人たちです。国や地域の垣根をなくし、尼崎に来た人みんなと本当の"おむかいさん"になれる日まで。そのきっかけに大山さんらの取り組みの輪が、小田地域から広がりつつあります。


写真、右は、しかたさんの書の翔を手にした大山さん

写真、羽子板を楽しむ参加者

写真、コマの指導をする大山さん

プロフィール
おおやま・たかひろ 1973年、尼崎市生まれ。日本の大学を卒業した後、米・カリフォルニア州サンタモニカの大学へ。帰国後は、留学生活の支えだったラジオに関わろうと、FM大阪や毎日放送などのラジオ番組を担当する制作会社にADとして勤めた。その後、尼崎の梱包と物流を手掛ける「丸一興業」に転職し、現在に至る。「定年まで待ってられない」と始めた多文化交流イベント「おむかいさんプロジェクト」は、高校の同級生でもある妻をはじめ、尼崎東高(現・尼崎市立双星高校)時代の仲間もスタッフとして参加している。


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