犬や猫と一緒に暮らせる障がい者グループホームが尼崎にあります。「ヘルスプロダクト」代表の近藤繭さんが2019年に立ち上げた「ホームわんこ」です。看護師として最前線で命と向き合ってきた近藤さんは、なぜ動物と人が共に生活できる居場所づくりに踏み出したのでしょうか。グループホームの運営にとどまらず、尼崎の魚を使ったペットフード製造まで手がける近藤さんの歩みと思いを聞きました。
看護師と犬、ふたつの夢を追い続けた日々
近藤さんは幼い頃から犬と暮らし、学生時代には保護犬のボランティア活動に関わっていました。大学は法学部へ進みましたが、在学中に体調を崩して入院をしたことがありました。その時の看護師の姿に強く心を動かされ「自分も人の命を守る仕事に就きたい」という思いを抱くようになりました。
親に4年間の学費を出してもらいながら、さらに看護学校への進学を願い出るのは申し訳ない――そう感じた近藤さんは、一旦就職して1年間営業職として働きました。そして退職後、看護専門学校に入学。卒業後は急性期病院を選び、救急搬送されてくる患者や重篤な状態の方に向き合い続けました。そこで積み重ねた経験は得難いものとなりました。
一方で、看護の仕事に打ち込みながらも、近藤さんの頭の中には常にもう一つの思いがありました。「看護と一緒に犬や猫の活動もできる形はないだろうか」。そのアンテナを張り続けていたある日、関東に「保護犬と一緒に暮らすグループホーム」があることを知ります。「自分のやりたいことはこれだ!」と長年の問いに、答えが見つかった瞬間でした。
31歳で起業、尼崎の下町に「ホームわんこ」誕生
5年間の看護師生活に区切りをつけ、31歳で会社を設立しました。グループホームの立地は「下町の雰囲気があるところがいい」と、これまで縁のなかった尼崎で物件探しを始めます。しかし、その物件探しは困難を極めました。
「一軒家の賃貸物件をグループホームとして使いたい、しかもペットも飼いたい」という二重の条件を受け入れてくれる大家さんはなかなか現れませんでした。それでも粘り強く交渉を続け、南武庫之荘に物件を探し当て、当時としては関西初となる保護犬とともに暮らすグループホーム「ホームわんこ」を2019年4月にオープンしました。
犬が引き出す、笑顔とつながり
「ホームわんこ」の入居者は、主に精神疾患や知的障がいのある方たちです。興味深いのは、入居のきっかけです。「ペットと暮らしたい」という希望よりも「選んだホームにたまたま犬がいた」と、これまでペットと暮らした経験のない方のほうが多いそうです。
「いつか母親と離れてしまう前に独り立ちをと家族に勧められた」と入居を決めた女性は「人とうまく話せないタイプだったけど、ここでは犬がいるから他の入居者とコミュニケーションが取れて楽しく暮らせています」と話してくれました。
普段はあまり感情を表に出さない入居者が、リビングに入ってきた瞬間にそこにいる犬を見てぱっと笑顔になる姿を、近藤さんは何度も目の当たりにしてきました。動物という存在が、言葉を超えた安心感を生み出してくれているようです。
武庫川の魚がペットのおやつに 地域と循環するフード事業
2021年、近藤さんの活動はグループホーム以外にも広がりました。「ホームで飼っているペットのおやつを手作りできないか」という発想から始まったペットフード製造事業が、就労継続支援B型事業所「わんにゃんワークス」の設立に繋がったのです。
「魚の骨やアラなど廃棄されてしまう食材をペットのおやつの材料に使えないか」と考え、入手先を探していたところ、武庫地域課の職員から、武庫川河口で渡船業を営む「武庫川渡船」の宮本悦男さんを紹介されました。武庫川河口で獲れた魚を釣り人たちから譲り受け、切り身に加工して近隣のこども食堂や飲食店に届け「尼崎の魚」を広める活動に取り組む宮本さん。お互いの活動に意気投合し、近藤さんはおやつの材料を分けてもらえるようになりました。
一からのペットフード開発にもやはり試行錯誤がありました。製造工程のこだわりは、どんな魚もまずは備長炭を使ってあぶり旨みを閉じ込めること。その後、味付けは一切せずに水だけで炊き上げ、ミキサーでペースト状にし、型に流してキューブやせんべい状に成形。ジャーキーやチップス、ふりかけなどおやつの種類も豊富に展開。無添加で味つけをしないシンプルな商品は、ペットに安心して与えられるおやつとして売れ行きも好調です。
「わんにゃんワークス」は毎日開所し、市内外から20人余りが通っています。利用回数は週1回の人から週5回とさまざま。日中はグループホームの入居者が不在になるため、グループホームで暮らす犬たちも出勤します。利用者やスタッフを和ませ、作業所は常ににぎやかです。
「犬がいたから踏ん張れた」これからの夢
近藤さんにとって、犬はどんな存在なのでしょうか?「頑張ろうと思わせてくれる存在だし、犬がいたからこれまで踏ん張ってこれたんだと思います」――そう語りながら、愛情深いまなざしを犬たちに向ける近藤さん。
車の交通量の多い場所で迷い犬を見かけ、自分の危険を顧みず保護しようと必死になった経験も。「居ても立っても居られない感情を自分ではコントロールできなくて、ちょっと危ないなと思ったりも…」と苦笑い。
そんな近藤さんは、グループホームの活動だけで救える犬や猫には限りがあるという現実とも向き合っています。「人々の生活の中で、犬や猫がもっと身近に感じられる機会を増やせないかと考えているところです」という言葉から、次に向かう近藤さんのチャレンジも楽しみです。
こんどう・まゆ 1987年岸和田市生まれ、幼少期から西宮市で育つ。小さい頃から自宅では犬を飼っていた。立命館大学法学部を卒業後、一般企業で営業職を1年勤めたあと、宝塚市立看護専門学校へ入学。看護師として急性期病棟を5年経験。2018年、ヘルスプロダクト株式会社を立ち上げ、尼崎市内に保護犬と暮らせる障がい者グループホーム「ホームわんこ」や保護猫と暮らせる「ホームにゃんこ」を開設。2023年には就労継続支援B型作業所「わんにゃんワークス」を設立し、尼崎の魚を使ったペットフードの製造を行っている。
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