今はまだない“新しい”エレキギターを、尼崎から

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写真、エレキギター・ベースメーカーの経営者・高山賢さん
高山賢さん(46)/エレキギター・ベースメーカー 経営者

 尼崎市西立花町の住宅街に工房を構える「Sago NMG株式会社」。

 ロックバンド「the pillows」のギタリスト・真鍋吉明さんをはじめ、「スピッツ」のボーカル&ギター・草野マサムネさんとベーシスト・田村明浩さん、「ONE OK ROCK」のベーシスト・RYOTAさん、最近ではベーシストのアヤコノさんが東京2020パラリンピック開会式でSagoブランドのエレキベースを持って登場したなど、多くの著名なミュージシャンに愛用されているエレキギター・ベースメーカーです。


写真、工房の外観
現在、同工房で7人の職人が働くほか、台湾にも業務委託している職人がいる

 ミュージシャンに支持される理由は大きく2つ。1つは、デザインから素材まで一人ひとりの希望に合わせるフルオーダーがメインであること。もう1つは、異業種の技術を応用したり最新機械を活用したりするなど、今はまだない新しい音、弾き心地、見た目のギターを追求し続けていること。

 並々ならぬこだわりと情熱を感じる、代表の高山賢さん。早くからこの道を志して突き進んでこられたのかと思いきや、「その時々の現実から逃げた末に、ようやく本気になれたのがギター製作だったんです」と意外な答えが返ってきました。

プロミュージシャンをめざした過去


事務所内で取材を受ける高山さん
モテる手段として音楽か漫才かで迷ったという高山さん。取材時も、光るワードセンス&エピソード豊富で、ブラックジョークも交えたトークを展開

 「モテたい!ちやほやされたい!」と、中学3年生でギターを始めた高山さん。アメリカの音楽が好きで、高校時代にロックバンドを結成、音楽の専門学校に進学するなど、早くから音楽を人生の軸に置いてきたものの、ギター製作を始める29歳まで迷走する日々が続きます。

 阪神・淡路大震災により専門学校が長期休校となり、新聞配達必須の新聞奨学生を続ける意欲を維持できず退学。フリーターを経て自動車用品店の店長にまでなったものの、高校時代の仲間と再会し、バンド再結成で退職。25歳からプロをめざすも先が見えず。

 転機は、バンド活動と並行してアルバイトをしていたギター工房が閉じることになり、工具や材料を譲り受けたこと。以降は個人で、ミュージシャン仲間からの修理依頼を受けるようになり、リクエストに応えてネックやボディなどのパーツ製作を行ううち、独学でギターを製作するようになっていきました。


写真、エレキギター塗装の場面を再現してくれる高山さん
本を読んだりギターを解体・試作したりなどして、ギター製作の知識や技術を獲得していったという

 「30歳目前、音楽に関わるラストチャンスと、何が何でもしがみつこうと本気になれたんだと思います」

 地道な営業活動のほか、東京の人気楽器店に飛び込み営業、グラミー賞受賞ギタリストのラリー・カールトン氏来日時にはギターを使ってほしいと直談判など大胆な行動も巻き起こすうち、ギターを購入してくれた人が現れ、その人がthe pillowsの真鍋さんに、そして真鍋さんが他のミュージシャンに紹介と奇跡の連続。工房立ち上げ3年目にして、著名なミュージシャンにギターを使ってもらえるようになりました。

 人々の心を動かしたのは、高山さんの本気さです。

ミュージシャンとして実現したかったことを、楽器で


写真、工房内で取材を受ける高山さん
航海図、愛犬、森、歌舞伎といったイメージのほか、「ダサくしてほしい」というオーダーも

 高山さんが追求するフルオーダーは、デザインや素材を考えるところから時間がかかるほか、1本1本異なるギターをつくるために、新素材の開発やアイデアの実現にも時間や費用がかかるなど非効率で、従業員を抱える企業の事業としては成り立ちにくいところがあります。

 それでもフルオーダーにこだわる理由は、高山さんがつくりたいのは楽器だけではないからです。


写真、工房入り口にある看板
常に意識できるように、工房名下に「The Sound of New Material and New Idea.(新しい音楽をつくるには、新しい素材とアイデアが必要)」と掲げる

 「ミュージシャンが音楽をつくる、その音楽を聴いて感動する人たちがいる、また新しい感動のためにミュージシャンは音楽をつくるというループ…新しい感動のための、新しい音楽を生み出すには、オンリーワンの楽器が必要なんです」

 同時に「『何でもできます』は何にもできないのと一緒」と、今はまだない、新しいギターを求めて挑戦し続けています。

新しい感動を生む音楽のために、挑戦は続く


写真、尼ノ民合言葉「おべんきょう」シールを持つ高山さん
「新しいものを創造するには常に勉強」と尼ノ民合言葉「おべんきょう」を選択

 サーモウッド、ラップ塗装、カーボンネックなど、年に1~2つは新しいアイデアや素材を提案すると決めていると言います。

 そうしていると、ミュージシャンから「こんなことはできますか?」と次のアイデアにつながる相談が寄せられたり、まわりから「Sagoは挑戦し続けている」という印象を持ってもらえ、チャレンジ精神を持つ企業や人物を紹介してくれるなど、新しいことが舞い込んでくる状況にもなっています。


写真、ラップ塗装された製作中のエレキギター
自動車等の塗装技法「ラップ塗装」を用い、Sago独自の色や模様を展開

 たとえば、弾き込んだ楽器のような音などを実現するサーモウッドをいち早く採用したきっかけは、ヨーロッパ誕生のその技術を日本で採用していた大阪府の企業が、高山さんが紹介されたテレビ番組を見て一緒に新しいことができそうと連絡、共同開発したからでした。もちろん、高山さん自身が思い浮かんだアイデアを形にすべく、全国各地の職人やものづくり企業を訪ね、学ぶことも続けています。

 そうした日々の積み重ねで、「Sagoにしかできない」と認知されるギターが製作されているのです。

尼崎の地域性も強みに変えて


写真、メイドインジャパンのエレキギターを持つ高山さん
コロナ禍でも日本の技術や素材を盛り込んだギター製作など挑戦は続く

 創業以来17年、尼崎市に工房を構える高山さん。ギターメーカーやミュージシャンが集中する中部・関東地方に移転することを悩んだ時期もあったと振り返ります。

 しかし、「全国ツアーでは大阪公演があり、ミュージシャンは関西には泊まりがけで来ます。自由な時間がありますし、特に大阪はファイナル公演であることが多いので、リラックス感もありますから。ゆっくりと話したり工房に寄ってもらったりしやすいんですよね」と、交通アクセスが便利、競合が少ないなど、尼崎にあるものに着目し、それさえもSagoブランドの強みに変えています。

 2024年に迎える20周年では、「ミュージシャンに来てもらって、アルカイックホールで周年イベントを開催したい」と話します。


写真、工房内でギターを持つ高山さん
高山さんは「海外向けサイトやアプリを作成し、世界に向けてもっと発信していきたい」とも

 尼崎のこの工房から、多くのミュージシャンの手に渡ったギター。知らず知らずのうちに心動かされる音楽の源には、Sagoブランドのギターがあるかもしれません。



写真、事務所と工房の入り口

写真、工房内で取材を受ける高山さん






写真、ラップ塗装したエレキギターのネック

(プロフィール)

たかやま・さとし 尼崎市在住。中学2年生の時に岡山県から引っ越してきた。当初は故郷とのギャップにカルチャーショックを受けるも、市内の高校で出会った仲間とバンド活動をするなど青春を謳歌。子育てをするなら他市のほうがいいのではと住居を引っ越すも、「『不便な尼崎』みたいな感じだったので」と生活面でも便利な尼崎市に戻る。
【公式サイト】 Sago NMG株式会社