釣った魚をその場で食べたい。そうだ、尼崎の海へ行こう。

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 「もうずっとやりたがってたんですよ」と父の北村博志さんが言う通り、2020年に6才になったまことさんは釣りの魅力にとりつかれていました。自分で釣った魚を食べてみたい−その思いはあふれて「先週も朝から戦隊もののテレビじゃなくて釣り番組をじっと見てたくらい」なのだとか。12月の日曜日、朝早くから待ち合わせして、北村さん一家と一緒に尼崎の海へ向かいました。


今日の大漁を目指して気合いを入れる北村一家。

 「ハマチ釣れるかなあ」「尼崎ではさすがに無理やろ」などと武庫川河口へ向かう道中も大盛り上がりの北村ファミリー。朝日が眩しい7時すぎに尼崎市立魚つり公園に到着すると、尼崎の海を知りつくす尼ノ民こと、宮本悦男さんが出迎えてくれました。駐車場には、すでに大阪、奈良など県外からのナンバーの車がずらりと並んでいます。「今日はいつもの半分くらいですかね。先週からの寒波で今日は魚も少ないかも」と教えてくれました。


自分の竿をしっかりと持って渡船に乗り込みます。

ムコイチへ10分間の船旅

 「さあ、船が出るから早速行きましょうか」。宮本さんに用意してもらった釣り竿とクーラーボックスを持って渡船に乗り込みます。船に乗るのも貴重な体験。少し緊張気味だったまことさんも、水しぶきを立てながら海を走る爽快感にテンションが上がります。六甲山を眺めながら「尼崎で暮らして8年。まさか冬の海に来るなんて思わなかったです」と母のなおこさんも笑います。尼崎の地先からおよそ2km沖に連なる東西4.5kmの防波堤「武庫川一文字」通称ムコイチが今日の釣りの舞台です。


日本で2番目に長い防波堤は阪神間を水害から守ってくれています。

エビでガシラを釣る。エサに話しかける母。

 すでに防波堤にはたくさんの釣り人の姿。到着すると餌と仕掛けの付け方を教えてくれます。「はじめての釣りなら今日はガシラねらいでいきましょう。エサはこれです」と宮本さんがクーラーボックスを開くと、小指ほどの大きさの白く透きとおったエビがたくさん泳いでいました。「えびこわーい」と思わずひるむまことさんに代わって、なおこさんが「ごめんね。ありがとうねー」とエビに声をかけながら針に引っかけます。


こわごわとエビを見つめるまことさん。

 親子でそれぞれ竿を持ち、リールの巻き方を一通り教えてもらい、いよいよ釣りのスタートです。「防波堤のすきまに留まっているガシラやメバルをねらって、少しずつ深さを変えながら針を落として合わせていくイメージ」という宮本さんの解説を聞いていると、海の底の様子が目に浮かびます。祖父の代から続く渡船業を守る宮本さんも、子どもの頃こんな風にお客さんから色々と教えてもらったそうです。


宮本さんの説明はわかりやすくて、すぐにでも魚が釣れそうな気がしている皆さん。

いきなり釣れた、ママの秘訣とは?


釣ったガシラと記念撮影。まことさんも負けじと真剣に海に向き合います。

 「きた!」開始10分。最初に動いたのはなおこさんの竿でした。これは大物か?とリールを巻き上げると、5〜6センチのガシラがひっかかっていました。「ママすごい!」とまことさんも大興奮。「早速きましたねえ。今日はなかなか厳しいと思ったんですけど」と感心する宮本さん。ガシラは煮付けにすると美味しい魚、このサイズなら唐揚げもおすすめだとか。「我が家に来てくれてありがとうね」とまたしても魚に話しかけるなおこさん、どうやら思いやりの心が大切なようです。


外海に向かって大物に挑むムコイチの先輩たち。

 「先週まではここでサバやアジ、タチウオも釣れていたんですよ。回遊魚は暖かいところへ行くから、先週の寒波ですっかり姿が消えちゃいましたけど」と宮本さんの話を聞いていると、向こうの方で歓声が上がります。見るとものすごい勢いで竿を引っ張られている人の姿に「これはでかいなあ」とギャラリーが集まってきました。格闘の末、無事釣り上げられたのは60cmを超えるメジロ。ハマチの出世魚です。え?ハマチ釣れるの?と驚くまことさん、釣竿を握る手に思わず力が入ります。


「みやもとさーん、これ釣れてるの?」とたずねるまことさん。

ついにまことさんの竿が動いた。

 そこからおよそ20分。ついにまことさんの竿が強く引っ張られます。「うわーこれは大きいで」と言いながら必死にリールを巻いていきます。釣れたのは15cmもあるガシラ。ママの釣った倍のサイズはありそうです。「やったー」と大喜びで飛び回る母子、そして二人を悲しそうに見守る父・博志の姿がそこにはありました。そう、彼の竿は沈黙を続けています。


釣れて嬉しいけれど、ちょっと大きくて怖い様子。

 「もうちょっと巻いた方がいいで」「場所が悪いんとちゃうかな」と6歳の息子からアドバイスを受けながら、徐々に博志さんにもプレッシャーがかかります。「このままだと僕の今晩のおかずがない…」とあきらめかけた頃、小さなガシラが釣れて一安心。さらに宮本さん、チヌ(クロダイ)、サバ、アジをどこからか持ってきてくれました。「あちらのムコイチの主(ぬし)からおすそわけ。食べさせたげてって」と立派な魚をたくさんいただきました。尼ノ國の心得「おすそわけ」にまさかこんなところでも出会えるとは…。


無事釣れてほっとする博志さん。みんな釣れてよかったですね。

みんなで食べよう。尼崎の魚

 魚釣り公園に戻ると、宮本さんが釣った魚を早速さばいてくれました。実は沖ですでに血抜きをしていたのだとか。「魚は釣ってすぐの処理が大切。血が身に回るとどうしても臭みが出ますからね」と話しながら、次々と魚を切り身にしていきます。博志さんも教えてもらいながら、自慢のガシラを開きにすることができました。


「その場でさばいて食べる」漁師のロマンを体験しました。

 「炭起こしといたんで食べてみましょう」とBBQ広場でさっきまで泳いでいた魚を塩焼きでいただきます。「チヌもサバも身がほくほくして美味しいね」と魚好きのまことさんは大満足。お刺身でもどうぞと出てきたチヌは臭みがまったくなくてプリプリとした食感で、箸が止まりません。さらに揚げたてのフライも登場。「これが子どもたちに人気なんです」という宮本さんは、釣り人たちのおすそわけをさばいて地域の子ども食堂に寄付する、フィッシュシェアリングという取り組みで注目を集めています。


宮本さんお手製の揚げたてフライ。

 最後に「自分で釣ったガシラは家でゆっくり食べて」と宮本さんに袋に入れてもらい、北村一家の釣り体験は無事終了。その日の夜、立派なガシラの煮付けの写真とともに、博志さんからメールが送られてきました。−まことが嬉しすぎて「ぼくがいちばんおおきいのつったで」と何回言うねんというくらい言っていました。魚は煮付けとフライと味噌汁にしてみました。今度はたらふく食べられるくらい釣りたいですね。


煮付けと味噌汁とフライ、みんなで作った北村家の食卓。

自分の釣った魚の味に大満足のまことさん。

武庫川渡船
渡船料は大人2,400円。小人1,200円(小学生以下は無料)。釣竿レンタルは無料。エサとしかけは500円程度。クーラーボックスと手拭き用のタオルなどがあればはじめてでも気軽に釣りを楽しめます。土日は前日までの予約でインストラクターがついてくれます(こちらも無料)。武庫川駅からの無料送迎バスもあり。
http://www.amagyo.com/



帰りの船で「僕の家は見えるかなあ」と双眼鏡で海から尼崎を眺めるまことさん。

船から六甲山を眺める北村ファミリー

釣りの師匠、宮本悦男さん。

文字通り手取り足取り宮本さんからレッスンを受けます。

バケツの中にはおすそわけでいただいた大きなチヌ。

六甲山が一望できる気持ちのいいロケーション。

チヌは塩焼きでさっとあぶっていただきました。

宮本さんが作ってくれたチヌのお造り盛り。

宮本さんから釣った魚を受け取る北村ファミリー。