喜怒哀楽を出せる場に。みんなの幸せ願う「尼の尼さん」

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つゆのごくらくさん 39歳 落語家・道心寺住職

尼崎で唯一の天台宗のお寺・道心寺で住職を務めるのは、落語家の露の五九洛(ごくらく)さん。師匠・露の団四郎さんの三代目露の五郎襲名を機に、露の団姫(まるこ)から改名したばかりです。

師匠の新しい名前からいただいた「ご(五)」のつく言葉で真っ先に浮かんだのは、誰もが知っている「ごくらく(極楽)」。漢字は、東洋思想で縁起がよいとされる「九」と、露の一門の故郷である京都にちなんだ「洛」を使いました。

名前を付けた後で、一門のご先祖・露の五郎兵衛の命日が5月9日だと判明し、運命的な縁を感じたそうです。そんな露の五九洛さんに、落語家と住職になるまでの道のりや、尼崎でこれからやってみたいことをお聞きしました。

この人の弟子になりたい!決め手は本の一文だった


写真、西長洲にある道心寺。一見、お寺と思えないモダンな建物
西長洲にある道心寺。一見、お寺と思えないモダンな建物

両親の影響で幼い頃から落語に親しんできた五九洛さん。小学校の授業で狂言の『取って噛もう、取って噛もう』を言ったところ、クラスメイトに大受け。先生にも褒められました。人前で表現することに魅力を感じ、劇団「ひまわり」へ。

「中学生日記」など多数のテレビドラマに出演しますが、大勢で作りあげるお芝居の難しさを痛感し、「自分の責任でできるから」と落語家になりたいと思い始めました。

そして、高校卒業を待って露の団四郎さん(当時)に入門。
「落語の本に、次の露の五郎の有力候補では?といった記述があり、この人の弟子になりたい!と思いました」
露の五郎は、上方落語の祖で僧侶だった露の五郎兵衛に連なる名です。当時、仏教にひかれていた五九洛さんにとって、必然とも言えるご縁でした。

信仰が「死」の恐怖から救い出してくれた


写真、三姉妹の末っ子だったと語るごくらくさん
三姉妹の末っ子。「ちびまる子ちゃん」のような子だったそう

仏教に関心を持つことになったきっかけは3歳の頃。祖父が亡くなったことでした。
「もともと心配性でしたが、それ以来、『死んだらどうなる』が頭から離れなくなりました」
この問題を解決しないと未来は暗黒だと思い詰めた五九洛さんは、聖書やイスラム教、お経の解説本などを読み漁り、仏教に光を見いだしました。
「お釈迦様は私たちをいかに悟りの道に導こうかといつも頭を悩ませておられる。一人一人のこと考え、応援してくださっていることに感動したんです」

こんなにも応援してもらっているのだから死に囚われてはいけない、とやっと暗黒から抜け出すことができました。
「楽しいことはより楽しく、辛い時も何とか前を向ける。そういう力を持つ信仰って人類にとってめっちゃ必要やん、他の人にも広めたい、と思いました」

落語家になりたい。お坊さんにもなりたい。友人に悩みを打ち明けたところ、「いや、私はどっちもなりたないって言われましたね(笑)」
行政書士をしながらカウンセラーもしていた母を見て、職業や生き方はひとつではない、と気づき、「落語家になってからお坊さんになる」という道を選びました。

露の団四郎さんに入門してすぐ、大師匠である二代目露の五郎兵衛さんの家で暮らす内弟子に。直接お稽古をつけてもらい、大師匠の昔話を聞いた日々は、今でも辛いことがあった時に自分を励ます貴重な糧となっています。

念願叶って「尼の尼さん」に


写真、大師匠の送迎をしていたと語るごくらくさん
大師匠の送迎をしていた五九洛さん。繁昌亭やテレビに出るご縁に繋がった

3年間の弟子修行の年季が明けた直後、五九洛さんは偶然、天台宗のお坊さんと知り合い、自作の仏教落語を見てもらうようになりました。出家(得度)したいと伝えたものの、テレビに出ている人は派手な生活を送っているはず、と思われたのか、本山からなかなかお許しが出ません。

許されたのは3年後、豊来家大治朗 (ほうらいやだいじろう)さんとの結婚直後のことでした。大治朗さんは傘回しや「剣の輪くぐり」などを披露する太神楽(だいかぐら)曲芸師で、プロテスタント(クリスチャン)です。
「結婚後も自分の信仰を守り、相手の信仰を尊重する姿に『この人、本気やったんや!』と思ってもらえたのかもしれません」
翌年、2カ月間の厳しい修行を乗り越え、教師資格(僧侶資格)を取ることもできました。

そして、新生活の拠点に選んだのは尼崎。新大阪へのアクセスが良く、上方落語唯一の常設寄席・天満天神繁昌亭へも東西線で一本。災害時には西宮の師匠宅へすぐ駆け付けられる利便性が決め手でした。
「『尼の尼さん』って言えたらおもろいなっていうのが、一番の理由かもしれません(笑)」

お寺を建てるきっかけは「お悩み相談」でした。メールや電話ではなく対面でじっくり向き合いたいのに場所がない。ならば、自分でお寺をつくろうと土地や物件を探し、かつて割烹だったこの建物と出会いました。

お悩み相談にはパートナーの大治朗さんが同席されることもあります。
「ADHDの当事者である彼と、その家族の私。どっち側の愚痴にも共感できて、実体験に基づいた工夫も提案できる。薬を処方する病院と、指導するカウンセリング。その間の『愚痴を言える場所』と感じていただけたのか、発達障害の方のご相談も多いですね」

尼崎から人の心を軽やかにする場を目指す


写真、本堂と高座がある道心寺
本堂と高座がある道心寺。「尼崎ならでは、やなぁ」と言われることも

縁日寄席(毎月3日・13日・23日に開催)ではお説法と落語をセットで楽しめます。仏教を入口に落語を初めて聴く人もいれば、「お経もええもんやな」と言う落語ファンも。仏教と落語の架け橋のような場です。
「仏教はややこしい、しんき臭いものじゃないと伝えられるだけでも大きいですね。元々やりたかった『信仰心を持つって楽しい』という想いを広められていると実感しています」

また、道心寺には災害時を見すえた備えがあります。
本堂の椅子はベッドに転用できる仕様で、物販コーナーには師匠ゆかりのカレーの他、5年保存可能な缶入りパンも。
「3.11の東日本大震災の時に多くの方がお寺に避難した経験から、防災士の資格を取り、きちんとした知識を身につける動きが各宗派にあるんです。道心寺も夫の大治朗が資格を持ち、飲料や寝具、生理用品などを備蓄しています」と語る五九洛さん。


写真、本堂の前で笑顔のごくらくさん

これからの活動を伺うと、尼崎が生んだ画家・白髪一雄さんの名が挙がりました。
「白髪さんも天台宗のお坊さんでした。作品には仏教の教えが反映されたものもあるんですよ。うちは尼崎で天台宗唯一のお寺なので、是非、白髪さんのことも落語か法話で広めたいですね」

もう一つ、目指したいことはここを『開運』の場にすること。
「お悩み相談に来られる方は怒ることができず、それが悲しみとなって喜怒哀楽のバランスが崩していることが多い。落語やお悩み相談を通じて感情を出す練習をし、心を軽くして新しい一歩を踏み出してもらう。それが『開運』に繋がると思うんです」

落語家と僧侶という二つの険しい道を歩む五九洛さん。今日も笑顔で誰かの心を軽やかに解きほぐしています。

プロフィール
つゆの・ごくらく 1986年生まれ、尼崎市在住。高校卒業後、露の団四郎氏に入門。古典落語や自作の仏教落語に取り組み、2011年に繁昌亭輝き賞(新人賞)を過去最年少で受賞。同年、天台宗で出家(僧名・春香)。年間250席以上の高座と仏教PRのために全国を奔走。2021年7月に兵庫県尼崎市に道心寺を開山。師匠の露の五郎襲名を機に改名。著書に『プロの尼さん─落語家・まるこの仏道修行』『みんなを幸せにする話し方』(弊社刊)など多数。

道心寺 ホームページ