おそらく史上最年少「暗算園児」の実力
鉛筆をきゅっと握った小さな手が、「はじめ!」の声で動き出します。計算問題の解答欄を次々と埋めていくその手は、5秒と止まることがありません。筆算はせず、そろばんをはじくマネもなし。何桁もの数字をはじき出す計算は、すべて暗算で行われているのです。取材時にまだ5歳にもなっていなかった福島一くんの頭の中だけで。
解くのは、たとえばこんな問題です。「257×36」「8656÷541」「47112÷52」「135+986+508+290+479+136……」。いかがでしょう、みなさんは暗算でできますか。
これは日本珠算連盟の暗算能力検定試験1級の問題。3桁×2桁の「かけ暗算」が30問。4桁÷2桁などの「わり暗算」が30問。そして、3桁の数字を10個足し引きする「みとり暗算」が20問。この計80問を制限時間12分以内に解き、8割以上正解すれば合格です。
一くんは今年の春、なんと4歳5カ月で一級に合格。「スーパーキッズが現れた!」と関係者をおどろかせました。尼崎市内の珠算塾で講師をしている父親の大さん(43)によれば、「一級合格は、うちの教室の平均で小学校4、5年生。早い子でも3年生までかかるレベル」だと言います。日本珠算連盟は年齢の記録を取っていませんが、おそらく史上最年少だとみられています。
「出来ました!」
元気な声で手が挙がりました。まだ8分30秒。大さんに採点してもらうと、正答率8割を軽く超え、もちろん合格。ちょっと照れくさそうに、にっこり笑う一くんです。
頭の中の計算にそろばんの手が追いつかない
一くんは赤ちゃんの頃から数字が大好きだったそうです。
「泣いていても、カレンダーや時計の数字を見せると機嫌が良くなるんです。変わってるなあと、妻と話していました」と大さん。そんなに数字が好きならと2歳頃に市販の教材を与えてみましたが、これは反応が今ひとつ。では、やっぱりそろばんかと教えてみたら、これが一くんに合いました。「数を数えたり、計算したりがすぐ出来るようになって。そろばんってよく出来てるんだなあ、と改めて思いました」
ところが、一くんの興味は予想外の方向へ向かいます。3歳でそろばんを始めて約半年、まだ基礎が一通り終わっていない段階で「そろばんの問題を暗算でやりたい」と言うのです。普通はそろばんを習得してから進むのですが、大さんはやらせてみました。
「暗算は、そろばんを思い浮かべてするんですが、多分頭の中でイメージする動きに、実際の手の動きが追いつかなくなったんだと思います」
これまでになかったパターンだけに、大さんは問題づくりや教え方をさまざまに工夫したと言います。一くんもそれに応え、ぐんぐん暗算能力を伸ばしていきました。初めて暗算検定に挑戦し、7級を取得したのは4歳になる直前。それから半年で1級の試験をクリアしてしまったというわけです。
「おうちにあるそろばんを頭の中でパチパチするねん」
一くんに聞くと、大きな目を輝かせて教えてくれました。
見直されるそろばんの学習効果
大さんが講師を務める「福島珠算塾」は、母親(一くんの祖母)の榮美子さんが約40年前に開設し、70歳になる今も塾長をしています。地元の大庄地区を中心に「幼稚園や小中学校の頃、お世話になった」と言う人は多く、親子二代の塾生も。最近は評判を聞き、市外から通ってくる子も増えています。
「パソコンの普及などで、そろばんをやる子は一時減ったんですが、また見直されてきている感じですね。尼崎市はそろばん教育特区(小学校にそろばんを使った計算の授業を取り入れている)でもあり、盛んな方だと思います」
大さんによれば、そろばんの学習効果はただ計算に強くなるだけではありません。集中力を高める、イメージや想像の力を鍛える、頭の回転を速くするといった能力開発や「脳トレ」的な効果があり、今はそこが特に注目されているのだそうです。
一くんは毎日、幼稚園へ行く前と帰ってきてから自宅で30~40分ほど暗算問題をやります。今は次のステップ、段位認定試験の練習中。生活習慣や教育方針で何か気を付けていることはあるのでしょうか。大さんに聞いてみました。
「朝は6時に起き、夜は8時に消灯。テレビはもともと私たちがあまり見ないのもあって、それほど興味を示しません。ゲームもやらせてませんね。刺激の強い遊びがあると、やはり関心が取られてしまう気がします」
規則正しい生活と毎日少しずつの積み重ねが、一くんの能力を育てているようです。
好きな数字は「8」、将来の夢は……?
照れくさそうにしている一くんに、いくつか質問してみました。
好きな数字は?「8!」 へえ、そうなんや。なんでかな?「……」
どんな遊びが好き? 「折り紙とあやとり。幼稚園で習ってるメロディオン(鍵盤ハーモニカ)も楽しい」
好きな食べ物は? 「枝豆! あと、サツマイモ」
少し前に新聞の取材を受けた時は、将来の夢を「警察。だって強いから」と語っていた一くん。でも今は「アイスクリーム屋さん」に変わったそう。スーパー暗算キッズが見せてくれた、ごく普通のかわいいあまっこの一面です。
(プロフィール)
ふくしま・いち 2012年9月生まれ。珠算教室講師の父、大さんの指導で3歳からそろばんをはじめる。半年後に暗算に興味を示し、2017年3月、日本珠算連盟の暗算能力検定試験1級に4歳5カ月で合格。現在は段位認定試験へ向けて練習中。3歳と1歳の弟がいる。名前の由来は「長男だから」だそう。