尼崎の色ってどんな色?

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 尼崎の郷土野菜である富松一寸豆や尼いもなど、尼崎にまつわるものを煮出し「尼崎の色」を作っている女性がいます。まちの人から染料となる素材を「おすそわけ」してもらい、尼崎の色に布を染める村上由季さんをご紹介します。


写真、笑顔の村上さん
村上由季さん(24)/染色家

尼崎のもので染色をする「産地染め」


写真、村上さんが染めた布

 「これは何で染めた色か分かります?」と写真の布を見せる村上さん。実はこれ、尼いもの皮で染めた布です。「さつまいもの皮で染めると紫色になると思われがちですが、草木染めの染料として定着していないもののほとんどは茶色ベースの薄い色になるんですよ。草木染めは染料を作る工程に手間と時間がかかりますが、媒染液に浸け色が変わる瞬間がとても楽しいんですよ」と目を輝かせて説明します。


2018年8月に尼崎で初開催した個展「amano iroiro」。左に写っているベージュの布は尼崎のハナミズキで染めたもの

 例えば、富松一寸豆の皮はグレー、市の木であるハナミズキの枝や葉は薄い茶色に、アルカリで抽出した尼いもの皮は、冒頭の写真のような金色になります。煮出す時間や抽出方法、染める布によって、その条件でしか出すことのできない偶然の色が生まれる草木染め。そんな面白さにほれ込んだ村上さんは、尼崎ならではの素材を染料として染めることを「産地染め」と名付け活動をはじめます。

「郷土のもの」を使ってアートを身近に


写真、インタビューに答える村上さん
村上さんが通っていた京都造形芸術大学で取材。2019年2月の修了展でお話を聞きました

 そもそも、どうして尼崎のもので「産地染め」をはじめたのでしょうか。「地元の友達は、芸術大学に入った私の活動に、とっつきにくさを感じていたようで、染色にあまり興味を持ってもらえなかったんです」。そんな思いを感じていた2016年6月、先輩作家が主催するワークショップにアシスタントとして参加します。


テキスタイルの先輩作家が代表を務める草木染めバックブランド「haru nomura」のパンフレット

 このワークショップは、京都では馴染みの京番茶を飲んで、その葉を染料に布を染めるというもの。「身近なものを染料に使うはじめての経験でした。参加者は自分が住んでいるまちのもので染めることで、染色に親しみを感じていたんです」。まち固有のものを使うことで、染色に対するハードルを下げられることに気付いた村上さんは、大学院に進み「身近に感じてもらえる染め」をテーマに創作活動を本格化させていきます。

素材を求めてまちに飛び出す


尼いもで染めたストール

 まず目をつけたのは、小学校の授業で習った尼崎の郷土野菜「尼いも」。染料にするには、大量の尼いもの皮が必要です。そこで、尼いもを育てている「尼いもクラブ」に連絡をします。「最初は芋で染めるなんて聞いたことがないと驚かれたんですが、思いを伝えると興味を持ってもらえ、尼いもを分けてもらいました。そのうえ、尼いもの秋の収穫を祝う尼芋奉納祭の会場になっている貴布禰神社の宮司も紹介してもらったんです」と予想外のつながりができた村上さん。さらに産地染めに興味を持った宮司から、使わなくなった高級な正絹の神事衣装を、染め材料にでもと譲り受けます。


村上さんが染めた衣装を身につけて神事を行う宮司

 高級な衣装をバラして使うのは惜しいと思った村上さんは、染色し再び宮司に着てもらいたいと、尼いもを使った染め直しにチャレンジすることに。「染まった衣装は、絹の素材のせいかシルバーのような独特の照りがある、グレーがかった渋い緑色に。衣装の前後には、尼崎の素材で染めた羊毛を使って手刺繍をしました」と、尼崎のものを盛り込んだ神事衣装に蘇らせます。そして翌年の尼芋奉納祭では、その衣装を晴れ晴れしく身に着けてくれた宮司の姿を、多くの人に見てもらうことができました。

まちのシンボルを残そう


尼いもで染めた布を縫い付けたTシャツ

 2年間の尼崎での産地染めの集大成を修了制作にどう活かそうか悩んでいた2018年9月、台風21号が尼崎を襲います。その影響で、阪急武庫之荘駅北側ロータリーのシンボルであったヒマラヤ杉が倒壊。「毎日、通学で阪急電車を使っているのですが、その変わってしまった姿がショックでした。撤去されているヒマラヤ杉を見て、とっさに何か私にできることはないかと考えたとき、私には染めることでこのシンボルを残せると思いつきました」。その場で作業員に声を掛け、ダンボール6箱、ゴミ袋10袋分の葉と幹を持ち帰ります。


村上さんの修了作品「ヒマラヤ杉:2018.09.04」。高さ7メートル、幅3メートル

 持ち帰ったヒマラヤ杉を染料に染めを繰り返すこと約3カ月。完成したものは、かつてのヒマラヤ杉の堂々たる姿を彷彿させる大作に仕上がり、修了展ではメイン会場ともいえる吹き抜けのギャラリーに展示されました。
 ヒマラヤ杉を染料にヒマラヤ杉自体を再現する発想力と、作品の存在感に圧倒されます。大きな作品づくりには体力を使うもの。これまで地域染めを支えてくれた尼崎の人々への恩返しをする気持ちも込めた、と話します。作品をよく見ると、異なる色の生地が継ぎ合わせてあります。「絹と綿の風合いの違う布を使って、さまざまな媒染方法で濃淡の違う色を出しました。それらをランダムに切って、ヒマラヤ杉の表面の写真を見ながら本物をイメージして継ぎ合わせていきました」。


写真、村上さんの修了作品のアップ

 「まちの人と関わりながら制作することは、ひとりで作るよりも手間や時間がかかります。でもいろんな意見を聞くことで、結果的に自分の視野を広げることになって、また新しい作品へとつながっていくことを実感しました。これからも尼崎での産地染めをきっかけに、染めやアートを身近に感じてもらうための活動は続けていきたい」と村上さん。今後も、尼崎のまちや人とどんな「尼崎の色」が染め出されていくか楽しみです。
(これは2019年2月に取材したものです)


写真、インタビュー場所となった修了展会場

写真、インタビューに答える村上さん

写真、修了展会場での村上さんの後ろ姿

写真、修了展の会場の様子

写真、作品紹介パネル

写真、笑顔の村上さん

(プロフィール)
むらかみ・ゆき 尼崎市出身。高校までは尼崎市内の学校を卒業し、現在も尼崎在住。「大学に進学してもアルバイトは尼崎市内のお店で」と話すほど尼崎愛が強い。