自宅をコミュニティのつどいの場に

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キッチンに立つ田邊明恵さん
田邊明恵さん(54)・カフェ&レンタルスペース 店主

 武庫元町の住宅街にある、自宅をリフォームして始めたというカフェとレンタルスペースを備えた「町のつどい屋tata」。1階真ん中にあるオープンキッチンのカウンター越しに、常連さんとの会話が弾む田邊明恵さん。その姿からは「もともとカフェにほとんど行くこともないぐらい、興味もなかったんです」というのが、にわかには信じられません。

 まだオープンから半年ですが、店内の壁やレジ横には、夏休みの親子向け企画やてづくりマルシェなどのチラシが貼られ、すでにいろんな人たちのつどいの場となっていることが分かります。

武庫之荘ムラに暮らして


小上がりになったリビングスペースは元々板の間だったところに、畳を敷いています
小上がりになったリビングスペースは元々板の間だったところに、畳を敷いています

 27年前、結婚と同時に武庫元町にあるご主人・敬治さんの実家が所有する文化住宅に住み始めた田邊さん夫婦。神戸出身の明恵さんは、それまで抱いていたちょっと怖い尼崎のイメージとは違う「人との距離感がなく、いい意味でムラ的つながりが残っている心地よさ」を感じたそう。

 その後18年前には、敬治さんの実家の敷地内に、夫婦と愛犬が住む戸建て住宅を建てました。敬治さんの知人に設計を依頼し、吹き抜けのある明るい造りの家は、夫婦と愛犬8匹が居心地良く暮らす住まいとなりました。

思い描いたコミュニティ


2階への階段を上がると本棚には読書家だった敬治さんの蔵書が並んでいます
2階への階段を上がると本棚には読書家だった敬治さんの蔵書が並んでいます

 たくさんの犬を飼っていた田邊夫婦は、自宅で犬との時間を楽しみ、あまり出歩く生活ではなかったそう。一方、長く地域に住む義父母は、民生委員や老人会や婦人会といった地域活動にも熱心に関わっていました。

 そして夫婦は、親世代の地域活動にはあまり関わりはないものの、いつしか自分たちも夢を持ち始めました。
―カタチは定かじゃないけれど、いずれこの町の人が集える場を作りたい。
読書家だった敬治さんは、コミュニティ論などの本もたくさん読んでいたといいます。
そんな思いを持ちながらも、3年前、敬治さんは6年間の闘病の末、旅立って逝きました。8匹いた愛犬も一匹ずつ天寿を全うし、自宅には明恵さんだけになりました。

自宅をコミュニティスペースに


キッチンの後ろに2階へ続く階段。2階の一室もレンタルスペースとして使える
キッチンの後ろに2階へ続く階段。2階の一室もレンタルスペースとして使える

 同じ敷地内には、義父母と義妹ファミリー、そして伊丹には義姉も住んでいますが、敬治さんを亡くし、「この家に一人で暮らし続けるのは無理…」、という思いになったという明恵さんは、ある決心をしました。親族会議の場で「自宅をカフェ併設のコミュニティスペースにしたい。『田邊家プロジェクト』としてやりましょう」と提案します。
 
 親族の応援もあり、晴れて2022年2月、自宅だった場所は「町のつどい屋 tata」として生まれ変わります。自宅を大規模にリフォームしたわけではありません。キッチンはカフェ営業に合わせて、カウンターを増設したりシンクの入れ替えをしたりはしましたが、あとは親族と一緒に、壁の色を塗り替えたり、板間に畳のパネルを敷いたり。
そして、明恵さん自身は同じ敷地内に、一人住まい用の平屋戸建てを建て、そちらに引っ越しました。

町のつどい屋がもたらしたもの


キッチンに立って話す田邊さん

 少し形を変えた新しいキッチンに立って、明恵さんは言います。「私もこういう場所に作り替えたから、この家にまた立てるんです。ここで忙しくしていることで、時間があっという間に過ぎていくんです」。
 義母や姪っ子も、近所の人や友だちを連れて、カフェを利用することもしょっちゅう。田邊家の人たちが、自宅のすぐ横にこの場所が出来たことを、一番喜んでくれているようです。

 「こんな住宅街でレンタルスペースのニーズはあるかな?」と、半信半疑でもあった明恵さんですが、慣れないインスタグラムやラインといったSNSで発信していると、今までつながりのなかった人から利用の問合せが続々とやってきます。
レンタルスペースの利用希望者の方とは、明恵さんが直接会って、どういったことに使いたいのか、この町に合ったことかなど、お話を聞くことを欠かしません。何かをやりたい人の色んな思いを受け止め、生き生きとした姿を見ていると、明恵さん自身も元気をもらえるようです。

誰かのやりたいを叶えてくれる場所


「mano 6」の出店では1階スペースを使って、プリザーブドフラワーやアクセサリー、洋服などの手づくり品が店内を飾りました
「mano 6」の出店では1階スペースを使って、プリザーブドフラワーやアクセサリー、洋服などの手づくり品が店内を飾りました

 これまで伊丹で定期的に出店イベントをしていたという「mano6」のメンバー、橋本さんは、8月にはじめて「町のつどい屋 tata」を利用しました。メンバーの一人が5月ごろインスタでtataを見つけ、初めて来店し見学。「素敵な場所だねー、と感激して出店のイメージが湧き盛り上がってしまった」とか。一方、明恵さんは「この場所が、使い手さんの手によって、こんな素敵な空間に変えてもらって、こちらも感激してるんです」。


レジ横に貼られた、レンタルスペースを使って開催されるイベントチラシ
レジ横に貼られた、レンタルスペースを使って開催されるイベントチラシ

 「はじめて間もないのに、やりたかったことがすでにほぼ叶ってる!」と笑う明恵さん。それは、明恵さん自身が、町のおばちゃん“tata”(フランス語でおばちゃんの意)として人を受け入れる天性の素質の持ち主だったからでは、とも思えます。これまでご近所さんからは「田邊さんとこのお嫁さん」と呼ばれていた明恵さん。今、「tataさん」として慕われ、地域とのつながりが、どんどん増えています。

 きっと敬治さんは、夫婦でやりたかったことを実現した明恵さんの姿を「俺が思ったとおり、やっぱりあんたは町のおばちゃんがピッタリやったな」と、笑って見てくれていることでしょう。




2階のレンタルスペース



(プロフィール)
たなべ・あきえ 神戸市生まれ。結婚を機に、尼崎で暮らし始める。2022年2月、自宅をリフォームし、地域の人が集える場「町のつどい屋 tata」としてオープン。レンタルスペースとレンタルキッチンを備える。「今までカフェに興味がなかった」というが、カフェ店主として店頭に立つことも度々あり。