「あぁ、いい一日だった」と思える、園田のワインショップ

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ワインを片手に笑顔の米山さん
米山奈美さん(42)/「Apricus」オーナーソムリエ

 阪急園田駅北口から徒歩2分。周辺にはスーパーやコンビニ、地域色溢れる鮮魚店、銭湯などが立ち並ぶエリアに、ワインショップ「Apricus(アプリクス)」があります。

 店内には、イタリアを中心に、フランス、ハンガリーなど20カ国以上のワインを600種類以上、グラッパやリキュールも30種類以上揃え、ワインに合う食材や関連雑貨のほか、レジ横にはワイン3種を飲み比べできるスタンディングバーも。また、ワインセミナーを毎月開催し、生産者が来日してお話しする会もあります。


お店の外観

 オーナーソムリエは、阪急百貨店うめだ本店のワインコーナーに約6年勤めた米山奈美さん。「どこの国や品種がお好きですか?」「酸味は?」「渋みは?」「今日の晩ごはんは?」とおしゃべりしながら一人ひとりの嗜好を把握して提案。お客さんから寄せられる「あの映画に登場した」「以前話題になった」といった断片的な情報にも、「それなら」と豊富な知識が溢れ出てきます。

 「焼肉のタレみたいな味」などユニークで親しみやすい表現を織り交ぜる気取らなさ、時には「その場合はおすすめしません」ときっぱりと言う誠実さ。「百貨店には合わへん接客やなぁと言われていたくらいなんです」とご本人は笑いますが、近隣はもちろん、遠方のお客さんから「米山さんにお任せで!」と定期便を依頼されるくらい、全幅の信頼を寄せられている人柄とおしゃべりが魅力的です。

どんな経験も生きる仕事と出会って


店内で取材を受ける米山さん

 米山さんは理系大学出身で、地元を離れて飲料メーカーの品質管理の仕事に就く予定でした。しかし、母の病気が発覚し余命宣告までされました。「そばにいたい」と就職を断念し、アルバイトをしながら母を看取ります。その後は「やらない後悔よりはやる後悔」と子どもの頃の憧れだった舞台俳優へのチャレンジなども経て、27歳の時に社会人経験を一から積み直そうと百貨店で働き始めました。

 食品売り場を転々とする中で、催事のイタリアフェアでワインの販売を担当することに。もともとお酒好きだったこともあり、お客さんからイタリアワインについて質問されたら全部答えられるようになりたいと、「イタリアワインしか飲まへん!」と決めて200銘柄ほどを徹底的に追究。ソムリエ資格を取得した後は、イタリアワインメーカー専属の販売スタッフになりました。

 「ワインを化学式で説明する場面があるので理系大学で学んでいてよかったなと思いますし、ワインの香りや味を表現したり生産者さんの想いを代弁したりするから舞台俳優の経験が生きているとも思うんです。全部、こじつけなんですけどね」

たまたまの偶然が、きっと必然


ワインに合う食材やジュースが並ぶ様子
ワインに合う食材やジュースが並ぶコーナーも

 お客さん一人ひとりとまっすぐに向き合ううち「担当メーカーに関わらず、おいしいワインを紹介したい」「食材も含めて一晩飲めますというセットを提案したい」との思いが膨らむ日々。酔うたび、「いつか自分のお店を持ちたいねん!」と漏らしていたそうです。

 その一歩を踏み出せずにいた米山さんの背中を押したのは、職場の後輩が起業してワイン輸入業を始めたこと。「輸入しても販売するところがなかったら困るやろうし、私がお店をするわ!」と、米山さん曰く「ノリだった」そうですが、豪快な決断。暮らしやすくて、気に入っていた園田で開業しました。

 「ペットと一緒に暮らせてほどよい家賃の住まいを探していたところ、西宮北口から武庫之荘、塚口を経て、園田にたどり着きました(笑)。あくせくしていなくてのんびり、居心地がよくて。子育て中の今は、ベビーカーを押していると、電車から降りる時に周りの人が自然と手伝ってくれて、『あぁ、園田らしいなぁ』と思います」

園田というまちとの“マリアージュ”で


ワインが並ぶ棚

 開業時は300種類ほどだったワインは、今では2倍! 最近は、試飲した時に「ああ、このワインはあの人が好きそうやな」とお客さんの顔が思い浮かんだり、米山さん自身が疲れていた時に飲んで心に染みた経験から「お客さんの誰かが疲れていた時におすすめしたいな」と思ったり…。品揃えはワインだけではありません。妊娠中でも子どもと一緒でも楽しめるように、ブドウやニンジン、洋ナシなどのジュースも揃えます。

 1本1本に思い入れがあり、「このワインはあの人に」と思い浮かぶ顔もあったりするのです。


スタッフと談笑中の米山さん
お客さんと米山さんの関係性を「時々『家族なん?』と感じるくらいの親身なやりとりが。米山さんが真剣に話を聞くからこその関係性だと思います」と幸田朋子さん。現在は幸田さんのほか、スタッフ2人が勤務。

 店名はラテン語で「陽だまり、太陽に向かって」という意味。「パリで見かけた、まるで“八百屋さんみたいな”ワイン屋さんのように、サンダルでも気軽に買いに行けるお店にしたい」との思いがありました。

 2019年にオープンしてから4年半、サンダルで気楽に「ワイン、ちょうだい」と買いに来られるお客さんがいます。「西宮や芦屋にあるお店やったら、こんな格好では買いに行かれへんで」と言われたこともあり、「園田でよかった」と笑う米山さん。

 商店街や公園、競馬場、史跡、田んぼなど多様な場を包括する園田だからこそ、醸し出せるのんびりした雰囲気と寛容さがあります。このまちの魅力とお店が、正に“マリアージュ”しているようです。

どんな一日も、いい一日に


取材を受ける米山さん

 米山さんにとって、ワインの魅力とはどんなところにあるのでしょうか。

 「ワインには『ちゃぶ台をひっくり返して怒る』というイメージがないですよね。それくらい、たとえネガティブな感情や出来事があったとしても、なぜか飲んでいるうちに明るい気持ちになれるんです」

 米山さんがお店をオープンした日は「8月1日」。母の命日で、これからは楽しい思い出に塗り替えていきたいと今日まで一日一日を積み重ねてきました。ここに来れば、米山さんとのおしゃべりとワインとの出会いによって、どんな一日も「いい一日だった!」と思えそうです。


ワインを持つ米山さん

向かい合ってスタッフと話す米山さん

ワインの特徴やおすすめポイントを紹介する手書きのPOP

床にもワインが並ぶ様子

棚にワインが並ぶ様子

お店の看板

よねやま・なみ 宝塚市出身、尼崎市在住。一般社団法人日本ソムリエ協会認定のソムリエ。2010年から百貨店の食品売り場で勤務し、2013年にソムリエ資格を取得。以降、2019年までの6年間はワインコーナーの専属に。現在は1児の母で、自身の経験も踏まえて子連れでも行きやすいワインショップをめざして、環境を整える。個人的に好きなワインはリースリング、「フルーティーな白ワイン。ほっとするような感じ」とのこと。
ApricusのInstagram