「劇場」といえば、“舞台やコンサートを鑑賞するために行く場所”というイメージが強いですが、それだけではありません。塚口にあるピッコロッシアターでは、「芸術で地域をつなげて、みんなが生きやすい社会をめざす」をビジョンに掲げた取り組みを行っています。
絵本の読み聞かせや紙芝居の上演、小・中学生のための演劇鑑賞体験、地域課題を解決するための演劇を用いたワークショップの開催、演劇学校・舞台技術学校において地域で活躍できる人材の育成など。プロ劇団と演劇学校・舞台技術学校を併せ持つ特徴を生かした取り組みは多岐に渡ります。
その中の一つが「鑑賞サポート」です。鑑賞サポートとは? どんな取り組みをされているのか? 同劇場広報担当の古川知可子さんにお話をうかがいました。
劇場に“行かない”ではなく“行けない”

鑑賞サポートとは、障害のある人たちが、舞台を鑑賞するために必要なサポートのことです。
たとえば、ピッコロシアターでは、目が見えない・見えにくい人に向けて、視覚的な情報を解説する「音声ガイド」や舞台装置などを事前に説明する「舞台説明会」、耳が聞こえない・聞こえにくい人に向けて、台本の貸出や手話通訳、「バリアフリー字幕」などを提供しています。
ピッコロシアター「鑑賞サポート」の詳細ページはこちら。
取り組むきっかけは、古川さんが福祉イベント制作に関わる友人から「最近の映画には音声ガイドがついているから、鑑賞を楽しむ視覚障害のある人も多いけれど、演劇には音声ガイドがないから劇場には行きにくいね」と聞いたこと。「目が見えない人はどう観劇するのだろう?」という個人的な疑問から、視覚障害者団体に話を聞きに行ったり、障害のある人への鑑賞・参加支援に取り組む団体を見学したりして知識を積み重ね、ピッコロシアター内での事業として推し進め始めました。
そして2015年、ピッコロ劇団の看板作品であるファミリー劇場「さらっていってよピーターパン」で音声ガイドを提供。27人の視覚障害のある人たちが来館し、初めて観劇したという方もいれば、中には「以前は演劇が好きだったのに、中途失明で機会がなくなってしまった」と打ち明けてくださった方もいたそうです。
舞台を鑑賞するために必要なサポート

2025年2月公演「神戸 わが街」で音声ガイドを担当したピッコロ劇団員の吉江麻樹さんにお話をうかがいました。
「音声ガイドは役者のセリフとセリフの合間に、舞台の状況や役者の表情、動きなどを解説していくものです。感情表現などは舞台上の役者がしますので、音声ガイドでは作品の雰囲気を大切にしながら、なるべく事実をきちんとお伝えしようとしています」

公演後、音声ガイドを利用した視覚障害のある方に感想を聞かせてもらいました。
「映画は音声ガイド付きのものがありますが、演劇ではなかなかありません。今回初めて利用しましたが、申し込みの時点からスタッフの方々の対応が丁寧で安心できました。音声ガイドの内容は、事細かくではなく、重要なポイントに絞っての解説で、自由に想像を広げやすかったです。公演前には、受付に触れる舞台模型が用意されていたり、登場人物紹介を役者の声を交えて聞けたりして、舞台をより楽しむことができました」
多様な人が“行ける”場所へ

鑑賞サポートに取り組み始めてから、学校単位で観劇に訪れた視覚特別支援学校の生徒たちが文化祭でピッコロ劇団の作品から着想した舞台を演じる出来事につながったり、バリアフリー字幕付きで鑑賞した聴覚障害のある方から「初めて、聴こえる娘と劇場で鑑賞でき感激した」という声が寄せられたりしています。
劇団員にとっては、視覚や聴覚に障害のある人に作品をどう届けるか考えることは、想像を働かせたり新たな工夫や挑戦が生まれるなど、表現力を高めることにつながっているそうです。鑑賞者にとっては、視覚に障害のある人は音声で、聴覚に障害のある人は字幕で、そのほかにも人それぞれの鑑賞の仕方や楽しみ方があることが感じられます。
「これまで『たくさんの人に観劇してもらえるように』と考えてきたのに、その対象者の範囲がいかに狭かったことか。むしろ、マジョリティ側にいて“劇場に行けない”人をつくってきたのではないかとも思い至りました。それからは『このまちで劇場に来られない人は誰だろう?』と少しは目配りができるようになってきたかなと思います」と古川さん。
鑑賞サポートに取り組み始めてから10年。ピッコロシアターでは、「経済的な理由があるのかもしれない」「情報を得にくい環境なのかもしれない」など、「“劇場に来られない人”とは誰か?」を想像し、アプローチ方法を考えて実践し続けています。
劇場で一緒に鑑賞することで共有できること

ピッコロシアターの取り組みとしてもう一つ注目したいのは、0歳から高齢者までが参加・鑑賞できるプログラムづくりに重きを置いていることです。
特に、就学前の子どもを持つ親にとって、劇場とは「静かにじっとしていなければならない場所」というイメージがあり、行きづらい場所となっています。そこで、0歳から3歳児までを対象としたベイビー・プログラムを開催。「0歳から」と扉を開いてくれていることで、安心して訪れられる場所となっています。
劇場での舞台鑑賞の魅力を「劇場で同じ舞台を鑑賞する。終演後は、言葉を交わさなくても、観客同士や演者たちと何かを共有したなぁと思えるんです」と古川さん。
年齢、国籍、経験、価値観、障害など、それぞれ特性が異なる人間。そんな一人ひとりがピッコロシアターに集い、同じ一つの作品を介して、ゆるやかに交わる。その体験は、さまざまな人たちと一緒に生きているという体感にもなり、それぞれの日常での小さな変化をもたらすでしょう。


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