誰もが創作を楽しめる、JR尼崎の“みんなのアトリエ”

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写真、アトリエで壁面に飾られた作品の前に立つ、笑顔の森口さん
森口郁子さん/アーティスト

 「みんなのアトリエ イト・ヘンドリクス」というファンキーな名前の創作アトリエが、JR尼崎エリアにあります。オーナーは、糸や布をまるで絵筆のように使って創作するアーティストの森口郁子さん。したいことが“縫、編、結、絆”など糸へんの言葉からなることと、新しい時代の音楽をつくり出したジミ・ヘンドリックスにあやかりたいとの思いから、そう名付けたそうです。

 ここでは、森口さん自身が作品をつくるほか、開かれた場として単発で創作したい人が訪れたり、フリースクールに通う子どもたちが洋裁や編み物をしたりしています。

 2022年に同アトリエをオープンしたばかりでしたが、「モリモリ」の愛称で親しまれる森口さんは昔から尼崎で暮らしていたのではというくらいの溶け込みようです。翌年には「amuamu(アムアム)」のアートディレクターという大役も任されたそうですが、何がきっかけだったのでしょうか?

人と人とのつながりをアートに


写真、2023年の作品「大きな木」のまわりに森口さんをはじめ、「amuamu」メンバーが集っている様子

 そもそも「amuamu」とは、毛糸や編み物などで木を装飾するアメリカ発祥と言われるストリートアート「ヤーンボミング」の尼崎版。同アトリエを含む市内3カ所の拠点のほか、学校や施設、団体、個人がそれぞれ編んだパーツを持ち寄ってつなぎ合わせ、橘公園の木を装飾して作品をつくり上げます。作品は例年“福祉にであう、福祉とまじわる”をテーマにしたイベント「ミーツ・ザ・福祉」の開催日にお披露目。

 森口さんは作品のテーマを考えるところからパーツづくりの準備や手配、レクチャー、総仕上げ、飾り付けまで、すべての過程に携わっています。そのきっかけは「みんなの尼崎大学 相談室」(活動の場を見つけたい人や広げたい人が相談できる会)で「古着や端切れの使い道を考える仲間がほしい」と相談したところ、声をかけられたことでした。


「木の下で、親子で絵本を読み聞かせをしたり、多世代が『この物語、知ってる~』と会話が生まれたりしたらいいなぁと、作品は絵本をモチーフにしています。2023年は『大きな木』、2024年は『モチモチの木』でした」と森口さん

 「アーティストではなくてもアートができる! いろんな人たちが少しずつつくったものをつないで、大きなアートをつくり上げることをしたかったので、その1つの形を実現できていることが嬉しいですね」

「とにかく、やってみる!」を続けてきた先に


デニムパンツの古着でつくったクマのぬいぐるみ「Denikie(デニキ)」。「つくっているうち、こんな目になった」と森口さん

 持ち前のフットワークの軽さから、短期間で「amuamu」へとつながったわけですが、森口さんはその経歴からユニークなのです。

 大学卒業後、お菓子メーカーのアルバイトから商品企画職に。その後転職し、芦屋市のケーブルテレビでテレビディレクターになりました。

 さらにはテレビディレクターと並行してフィリピンでの国際交流プロジェクトに参加します。プロジェクト解散後、活動を継続するために任意団体を立ち上げ。小学校や児童養護施設の子どもたちと交流する中で、子どもの貧困や児童労働等の問題に直面した経験から、日本にいてもできることを模索して日本語教師にもなります。

 転機は、25年勤めたテレビディレクターを辞めた時。友だちが連れて行ってくれた手芸店で、子どもの頃を思い出して創作意欲が大爆発! その勢いのまま、当時暮らしていた芦屋市内のレンタルオフィスでアトリエを構え、自身の創作活動を始めたのでした。

数珠つなぎの呪文は「こんなことをしてみたい!」


芦屋市内でアトリエを構えていた時、近所の子どもたちと接する機会も。フィリピンとはまた違う、日本の子どもたちが抱える「“孤(孤立、孤独など)”を感じた」と森口さん

 「やらない自分とやってみた自分。やらないと何も残りませんが、やってみたら失敗も含めて自分の糧になりますから」と心動くままにトライしてきた結果、今があります。

 そんな中で「子どもたちの未来に何が残せるだろう?」という向き合いたいテーマと、「子どもの貧困」「豊かな日本での社会的孤立・孤独」「衣料品ロス=廃棄問題=地球環境」「SDGs」といった活動のキーワードを見いだし、主に古着などの廃材、端材を用いた作品をメインとした創作活動と場づくりに取り組んでいます。


今のアトリエの場所は「落ち着いた雰囲気に惹かれた」と決めたという

 縁あって、現在の場所に拠点を構え、活動し始めると、 尼崎のユニークな人やイベントにつながる“エンドレス数珠つなぎ”が始まりました。

 アトリエの内装を依頼したDIYショップ「GASAKI BASE」の足立繁幸さんから、「こんなユニークな人がおるで」と誰かに紹介される・誰かを紹介してもらうという連続。「足立さんとの出会いがすべてのはじまりです」と森口さん。尼崎商工会議所の創業塾仲間から「みんなの尼崎大学 相談室」を教わり、「メイドインアマガサキコンペ」といったプロジェクトやイベントへとつながりました。自身でも各所に相談を持ち込むし、各所から相談も持ち込まれてきます。

誰もが、自分らしく。明日を生きる力が湧いてくる場に


写真、アトリエで取材を受ける森口さん

 「洋裁好きだけど一人ではできない」という高齢の方が通ったり、フリースクールに通う子どもたちが家庭科として自分でデザインした洋服をつくったり。療育(発達支援)に携わるアートクリエイターとユニバーサルデザインを目指したイベントを開催して障がいのある子どもの施設とつながったり、そこに参加した親子がアトリエにも来てくれたり。ワークショップの材料として使わない洋服や毛糸、端切れなどを募集した時には、ご近所さんが「こんなんあるけどいる?」と持ち寄ってくれたりと、日々の中でもどんどんつながりが広がり続けています。

 「尼崎でアトリエを開いた途端、気にかけてくれて声をかけてくれる人たちがたくさんいました。尼崎の人たちはおせっかい、だけどあったかい」と笑う森口さん。尼崎のことを「私を私らしくいさせてくれるまち」と表現します。

 「子どもの頃から、私が何か言うと相手の表情が曇るのがわかったから抑え込むようになっていました。それが尼崎で出会った人たちは、『モリモリはもっと自分を出したらいいやん』と受け入れてくれたんです。少しずつ、殻を脱いで軽くなれました」


「私を元の姿にもどしてちゃん」。1からぬいぐるみをつくるのではなく、「縫い合わせの糸がほどけそうな手足、ところどころにキズがある、ぬいぐるみ」を直すというキット

 自分が自分らしくあれることは、創作にもいい影響を及ぼします。「古着で作るモンスター」「Denikie」「アフリカンプリントモザイク」「私を元の姿にもどしてちゃん」など、森口さんらしさ全開の作品やワークショップをどんどん実現しています。

 ありのままを受け入れてもらえる、そんな自分を表現できる喜びを知っている森口さんだからこそ、アトリエも誰もが手を動かしながら、自分らしさを取り戻したり、生きていく元気や直面する課題を乗り越えるヒントを掴めたりする、そんな時間を過ごせる場になっています。


写真、アトリエで取材を受ける森口さん

写真、アトリエで「私を元の姿にもどしてちゃん」の説明をする森口さん

写真、アトリエの外観。中の様子がうかがえ、開放感たっぷり

写真、森口さんの作品。「アフリカンプリントモザイク」のウサギ

写真、森口さんの作品。たまねぎの皮で染めた「染メちゃん1号」

写真、森口さんの作品。タイトルは「鳴無(おとなし)風鈴/look on and decline(傍観と衰退)」

プロフィール
もりぐち・いくこ 山口県出身。大学進学時に関西へ。西宮市、芦屋市を経て、現在は尼崎市在住。お菓子メーカーの商品企画職、ケーブルテレビのディレクター職、日本語教師を経て、2022年に起業。アトリエを芦屋市から尼崎市に移転した。2024年臨床美術士5級取得。自身のアーティスト活動とともに、オープンアトリエのほか、市内各所から講師依頼を受けてワークショップなども開催している。