地元目線で杭瀬の市場の魅力を発信

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おせっかいステッカーを持つ石原さん
石原和明さん(54)/杭瀬中市場店主・YouTuber

潜入、直撃、まち歩き。「杭瀬チャンネル」の魅力


 昭和の雰囲気が残る「杭瀬中市場」で惣菜店と食堂を営む商売人。まちに人を呼び込むイベントを次々と企画する仕掛人。そして最近、新たにに加わった肩書は「YouTuber」。石原和明さんは、ネット動画「杭瀬チャンネル」の案内人として、地元目線のまちネタを発信しています。

 きっかけは、市場の空き店舗にできたコミュニティスペースに、動画の撮影・編集スキルを持つ20代の若者が常駐するようになったこと。以前からYouTubeに興味を持っていた石原さんが声をかけました。

 「うちの食堂で朝めしを食わへんか。代金は動画の作成でええ。朝めし一食で、動画一本の撮影と編集。チャンネル登録者数が100人超えたらボーナスもあり。と、そんな話から始まったんです」


杭瀬チャンネルのページ

 石原さんは、地元店主ならではの目線と距離感で市場の奥まで入り込み、お店や行きかう人々の普段の表情をYouTubeで伝えています。『いい夫婦の日:伊藤青果店のご紹介!』では、高校の同級生という評判のおしどり夫婦に話を聞き、『市場食堂で最大限に食べる会社員にインタビュー!』では、焼きそば三玉をたいらげる男性客を直撃。年末には、正月用の祝い鯛づくりに追われる鮮魚店の作業場で焼きたての鯛にかぶりつき、また別の日は、店主たちの忘年会に潜入レポート……相棒である鮮魚店のタカさんも加わり、縦横無尽に杭瀬のまちを歩き回ります。

 「最近、30~40代ぐらいのお客さんがふらっと来て、『いつもYouTube見てます』と声かけられることもあってね。尼崎にこんな市場があって、こんな人たちがいるというのが、じわじわ広まってる手ごたえはあるね」

 サービス精神旺盛な石原さんの「取材」というより「ご近所の立ち話」のようなレポートが、市場への親近感を高めているようです。

「おせっかい」を重ねて市場にたどり着く


もっこす亭で話す石原さん

 熊本県出身で、実家の漬物屋の仕事をしていた石原さんが杭瀬にやってきたのは約20年前。もともとは、知人が杭瀬の商店街に漬物屋を出すので手伝ってほしいと言われて来たのだといいます。

 「ところが、その知人がすぐに商売をやめ、残された店と道具を引き継ぐことになったんですよ。で、ある時に気づいた。このまちの人たちは週に一回しか漬物を買わない。だったら、毎日買うお惣菜にしようと」

 しばらくすると、今度は別の知人が店舗を探していると聞き、石原さんは杭瀬中市場を紹介します。しかし、その人もほどなく別の土地へ移って行き、また店舗を引き継ぐことになりました。それが現在の惣菜店「もっこす亭」です。人の世話を焼いているうちに、この市場にたどり着いたというわけです。「すべては、おせっかいで生きてきた人生」と、石原さんは笑います。


市場食堂の外観

 4年前には、惣菜店の隣に「市場食堂」をオープン。これも、古くからあった間口の広いお好み焼き店が閉店し、市場がすっかり暗くなってしまったため、「なんとかできませんか」と周囲から頼まれてのことでした。

 「僕が杭瀬に来た当時はまだ全部シャッターが開いていて、30軒ぐらいあった。それが2010年頃を境に、毎年1~2軒閉まっていき、半分ぐらいに減ってしまったんですよ。シャッターが下りると、人が寄りつかなくなってね。だから、まずはお客さんというよりも、人通りを増やそうと」

 市場食堂では、だれでもトイレを使えるようにし、飲食をしない人も利用できる「休憩所」の看板を掲げています。利用客の高齢化が進む中、気軽に立ち寄りやすい環境を整えたのです。3年前からは、子ども食堂も開催。春から秋まで月2回のペースで、カレーや焼きそばを出すと、杭瀬の子どもたち50~100人が集まってきます。

 石原さんの「おせっかい精神」が、市場を再び活気づかせようとしています。

店と人の結びつきが市場の良さ


好吃食堂で話をする石原さんと今西さん
店内から顔を覗かせるのは杭瀬チャンネルを運営するHungrysの今西奈緒幸さん

 とはいえ、今の子育て世代にとって買い物といえばスーパーがほとんどで、市場に来る人が多いとは言えません。石原さんの感覚では、「市場を歩いてる人の平均年齢は75歳ぐらいじゃないかなあ」といいます。若い人からは「呼び込みの声がこわい」「買わされる感じがする」「どこにどんな店があるかわからない」といった声をよく聞くそうです。

 「その感覚は僕もわかるんです。自分もはじめて杭瀬に来た頃、こわくて市場には近寄らんかったもん(笑)。だけど、ここで商売するようになって、市場ならではの良さをたくさん知ったんですよね」


ホルモン焼き店主と話をする石原さん

 たとえば、市場では新鮮な食材が多く、旬のものや調理法を教えてもらえます。魚はその場でさばいてもらえるし、値段以上のおまけがつくこともあるなど、店の人との会話が生まれ、通っているうちにあいさつをしたり、独り暮らしのお年寄りなら〝生存確認〟にもなったりもします。つまり、店と客の結びつきが自然と強くなるところが、市場のいちばんいいところなのかもしれません。

 「そういう良さを、日常的に買い物をする30~40代の子育て世代の人たちに知ってもらうのが、これからの課題。杭瀬には新しい住民が増えていますけど、まだまだ市場の存在も知らない人が多い。だから、イベントでもSNSでも、いろんな方法を使って発信していこうと」

 昨年秋に始まった「KUISEつまみぐいラリー」には、地元の人を中心に250人以上が参加しました。刺身、ホルモン焼き、豆腐、うどん、和菓子など、気になる店の味をその場で食べながらまちをめぐるイベントです。その楽しそうな様子も、しっかり「杭瀬チャンネル」にあがっています。

ドローン撮影の市場動画も?


笑顔の石原さんと廣瀬さん
左は杭瀬チャンネルを運営するHungrysの廣瀬有哉さん

 50代でデビューしたネット動画の世界を、石原さんは今とても楽しんでいます。
 「もともと取材を受けたり、まち案内をしたりするのが好きやったからね。やっぱりおせっかいなんでしょうね。次はドローンも買おうと思ってます。これからみんなで練習して(笑)」


話をする石原さん

石原さんと鮮魚店のタカさん

もっこす亭の前に並べられた商品

市場食堂の看板

話をする石原さんと今西さん

杭瀬中市場の入り口

(プロフィール)

いしはら・かずあき 熊本県出身。30歳過ぎに尼崎の杭瀬で商売を始め、現在は惣菜店「もっこす亭」と隣の「市場食堂」の店主。2019年9月、YouTubeユニット「HUNGRYS」とともに「杭瀬チャンネル」を開設。企画・取材・出演の一人三役をこなす。現在42本の動画を公開中。


YouTube:杭瀬チャンネル