尼崎市全体を作品化した「アマガサキ」をつくりたい

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写真、アーティスト・前田真治さん
前田真治さん(45)/アーティスト

 「僕のアーティスト人生最後の集大成として『アマガサキ』をつくりたい。半導体やIT企業が集中し、世界中から注目を浴びた『シリコンバレー』のように、美術や文化面でそんなまちをつくれたら」

 尼崎市全体を作品化するという構想を語るアーティストの前田真治さん。

 これまで尼崎市内で、新型コロナウイルス感染症の収束を願い、一人ひとりが自身の化身として装飾したミニ大仏を集めて大仏を制作する「コロナ大仏」、歩行者専用地下道で自転車に乗車する行為を噂の力で止めようと試みる「中川地下道の自転車問題」、登場人物によるモノローグ後に「私はヤングケアラーですか?」と問いかけ、観る側それぞれの思考などを生む「ヤングケアラー啓発動画」といった数々のアートプロジェクトを展開してきました。


写真、武庫西生涯学習プラザの壁に投影されたヤングケアラー啓発動画
ヤングケアラー啓発動画は、児童虐待防止月間の11 月に武庫西生涯学習プラザの壁に投影された

 並々ならぬ情熱と意気込みを感じる前田さんですが、実は尼崎市在住でも出身でも、血縁・友人・知人がいたわけでもありません。何の縁もゆかりも思い入れもない尼崎に、2017年に制作拠点を構えたことからすべてが始まっているのです。

枠にはめられたくないし、はまりたくない


写真、カフェ「パイナワーフ」で取材を受ける前田さん
武庫之荘のカフェ「パイナワーフ」で取材を受ける前田さん

 「出身地や大学などから『何々の人はこう』とレッテル貼りされるのが嫌いなんです」と非公表事項が多い前田さん。アーティストとしての前田さんを物語るエピソードを2つ紹介します。

 1つは、人々が当たり前に思うこととは逆方向に考えたい欲求があること。

 「高校時代に学校から500km以上も離れた東京『新宿アルタ』前に行き、正午に『学校を休みます』と電話するなど、日々そんな動きをしていました」と笑い、さらに「相手から『え?意味、わからん。何?』から始まるコミュニケーションは現実性のない別次元のもので面白いですよね」と言います。

 もう1つは、人々を観察・分析して「自分はこうならない」からの「こう生きる」という軸を強固なものとし、そう生きるためにミッションを掲げて数々のタスクを自身に課して、それをこなし続けていること。「そうすることで差異化を図り、独自性を高めてきたんでしょうね」と自身を分析します。


写真、カフェ「パイナワーフ」で取材を受ける前田さん

 そんな前田さんの気質や欲求、生き方と、表現方法がフィットしたのが、アーティストという生き方でした。「前田といえば何々」というイメージの定着化を嫌い、アーティスト人生3度目の新たな拠点を探し求めていたところ、尼崎にたどり着いたのです。

「尼崎でなら何か面白いことができそう」という手応え


写真、カフェ「パイナワーフ」に置いている、装飾されたミニ大仏
コンクリート製のミニ大仏に色を塗ったり紙を貼ったり。貼る紙は主に、新型コロナウイルス感染症関連の記事や中止になったイベントチラシ、未来への願いを書いたものとした

 なぜ尼崎だったのか、理由は至ってシンプルで「広い物件が最安値で尼崎にあった」から。この偶然が化学反応を引き起こします。

 尼崎版「どこでもドア」のような、尼崎の面白い人物や場所をつなぐDIYショップ「GASAKI BASE」(現在は東難波町から戸ノ内町に移転)やカフェ「パイナワーフ」との接点が生まれ、主にその2カ所に「コロナ大仏」プロジェクトのミニ大仏づくりの話を持ち込んだところ、予定の300体を超える500体もの大仏が2カ月ほどで集結。


写真、ミニ大仏を集結させて制作した約2mの大仏
一人ひとりが願いを込めてつくったミニ大仏を集結させて制作した約2mの大仏は、あまがさきキューズモールのほか、阪急百貨店うめだ本店でも展示された

 「仏像に紙を貼ることに抵抗感を持たれるもので、他市ではここまで集まりませんでした。でも、尼崎の人たちは面白がる能力が高いようで、このまちでなら何か面白いことができそうと思ったんです」

 さらに「アマガサキ」構想を後押しする出来事がありました。きっかけはカフェ「パイナワーフ」店主の多田銀次郎さんが情報提供した「市民提案制度」です。

展示会場は「尼崎市」


写真、制作拠点で取材を受ける前田真治さん
前田さんの制作拠点。「尼崎市内の競馬場や競艇場で出た外れ券を旧開明小学校の土地代と同額まで集めて展示した作品」など、尼崎市内で展示した作品が1・2階のあちらこちらに点在する

 尼崎市では、地域課題の解決やまちの魅力向上をめざし、フリーテーマのほか「市営住宅の外壁の利活用」「図書館の来館を促す行事等」といったテーマ別に、広く市民からの提案を募っています。

 2021年度公募分39項目すべてに提案を出すも、現時点で採用されたものはなく、「勝手にやるしかない」と実行したのが、「中川地下道の自転車問題」プロジェクトでした。歩行者専用地下道を自転車に乗って通過したがゆえに警告札を多数貼られたという設定の自転車を、近隣の時間貸し駐輪場に1週間駐車。結果、TikTok「いいね」総数2万2000件、YouTube再生回数 291万回と話題を呼びました。


写真、歩行者専用地下道を自転車に乗車して通過したがゆえに警告札を多数貼られたという設定の自転車
警告札は「突飛なものではなく、リアリティのあるものにした」と前田さん

 これが、まち全体を展示会場とする手法のヒントになったのです。

 「地域課題を真剣に考えた形をアートで提示し、法律の範囲内でのゲリラ展示をしていけば、撤去されずに設置され続ける可能性が高くなります。そうやって居残れる作品を市内全域に設置していき、その風景が日常になれば『アマガサキ』が出来上がると思ったんです」

尼崎が変われば、日本が変わる?!


写真、カフェ「パイナワーフ」で取材を受ける前田さん

 前田さんの言う「アマガサキ」とは、どんな未来なのでしょうか。

 「まちに置かれた『アート作品=何かよくわからないもの』と対峙する時、『何だろう?』と自分で考えようとする行為が生まれます。そんなふうに一つひとつの物事に対して自分で考えたり判断したりという自立した個人が増えれば、社会は変わるのではないでしょうか。そんな自分軸を持つ尼崎の人たちが移動し、ほかのまちの人たちとコミュニケーションを取っていくことでどんどん伝播していく。それは日本を変えるくらいのインパクトのあることだと思うんです」


写真、カフェ「パイナワーフ」で取材を受ける前田さん
カフェ「パイナワーフ」によく出没。店主の多田さんについて「理解してくれた部分があったのと、アートを勉強するとも言ってくれたから仲良くなれるかなって」と話し、今ではマネージャー的な心強い存在に

 突如現れた前田さんが次々と展開するアートプロジェクト。それを面白がるまちの人たちがいて、少し前には想像もできなかった“何か面白いこと”が尼崎から起ころうとしています。










写真、制作拠点の扉に貼られた「GERMAN SUPLEX AIRLINES」ステッカー

(プロフィール)
まえだ・しんじ 高校卒業後、イギリスの大学でコンセプチュアル・アートを学ぶ。2002年に帰国。以降は国内外の展覧会に出展するほか、自治体や企業などの依頼を受けて作品を制作。2011年からアートの事業化を模索すべく、アーティスト集団「GERMAN SUPLEX AIRLINES(ジャーマン スープレックス エアラインズ)」を立ち上げ。住居は尼崎市以外に構えているが、年の8割ほどは尼崎市の制作拠点で寝泊まりしている。