能登の漆器づくりを支える仕事

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加藤朋子さん(49)/漆屋・職人

 今年(2024年)元日に起きた能登半島地震。ここ尼崎からSNSの発信を通して、いち早く支援の声を上げた人がいます。尼崎・塚口で漆器づくりに使われる色漆(いろうるし)の製造を手掛ける「賀名生(あのう)漆工芸」の加藤朋子さん。兵庫県下で唯一の色漆製造を手掛けています。

 取引先の多くが、今回の地震で大きな被害を受けた石川県輪島市内にあります。尼崎が全国的に有名な漆器の産地とつながっていたというのは意外な気もしますが、そんないきさつも含めて、教えてもらいました。

賀名生の漆づくりのはじまり


顔料と混ぜ合わせる前の漆の状態を確かめる加藤さん

 加藤さんの父、秀三さんは堺市で叔父が経営する漆工房に勤めていましたが、その工房の廃業を機に独立し、「賀名生漆工芸」を立ち上げました。「賀名生」の名前は父方の実家、賀名生梅林で有名な奈良県五條市にある地名から付けたそうです。

 およそ40年前の創業以来、秀三さんは漆に顔料を混ぜて作る色漆の製法について研究を重ねてきました。乾くと暗く色が沈みがちな色漆が多いなか、「乾いても美しく明るい発色」「刷毛目(はけめ)の直りが良い」と、漆器産地の塗師からも高く評価される商品を作り出してきました。およそ40年間、毎月、輪島を訪ねて職人との情報交換も欠かさなかったそう。そんな父の姿を見てきた加藤さんが、この工房を手伝うようになったのは2016年のことでした。

畑違いの職から漆屋へ転身


壁に貼られた色見本。基本色10種を含む約50種の色展開で製造している。代表的な赤、黒がもっとも売れる色だそう

 加藤さんが尼崎で暮らすようになったのは小学生の頃。堺市にあった父の工房も塚口へ移転してきました。大学卒業後、製薬会社に就職してからも実家から会社へと通っていた朋子さんは「父の仕事にはまったく興味がありませんでした」と振り返ります。

 さらに、製薬会社に在籍しながらも青年海外協力隊の一員としてアフリカに渡ったり、帰国後にはアフリカで携わった結核菌の研究を続けるために東京で大学院に入ったりと、漆とはまったく畑違いなキャリアを歩んできました。


樽で顔料と混ぜ合わせた色漆をローラーに3回ほど通し、さらに滑らかにしていく

 そんな彼女が2016年、尼崎の実家に帰ってきました。「特に仕事もなくヒマだったから」と、自宅の隣にある工房で3年ほど父の仕事を手伝い、何気なく過ごしていたといいます。「漆の仕事といっても当時は本当に手伝い程度です。父から手ほどきを受けたわけではなく、言われるがまま顔料を計ったり混ぜたりしていました」。
しかしそんな中、父の病気が見つかり数年の闘病ののち帰らぬ人となってしまったのでした。

 「父の色漆を必要とする職人さんは多くて、能登地方を中心に50社以上の取引先があったんです。これは辞められない」と工房を継ぐことを決意しました。とはいえ、色漆づくりに関してはお手伝い程度のキャリア。「長年、ウチの漆を使ってきた取引先から色々と教えてもらいました。父が産地を訪ねて培ってきた人間関係にずいぶん助けられています」と、遺されたレシピを見ながら試行錯誤してきました。

 そんなつながりがある輪島が、今回、地震で被災したのです。

被災地を応援するチャリティ販売


洋食器にも合いそうなモダンな柄の漆塗箸のデザイン

 地震発生直後は、被災地とは電話も通じなくなりましたが、発災数日後にはいくつかの取引先と無事を確認し合いました。自宅も工房も全壊という状況でも「絶対に漆器づくりを再開するから待ってて」との声に、加藤さん自身が励まされたといいます。

 そして加藤さんは、すぐに行動に移します。取引先の多くは箸製造メーカー。「何とか応援の気持ちを届けたい」と、自社サイトで漆塗箸のチャリティ販売を地震発生3日目から始めました。被災地では製造や営業の再開の目途が立たないため、「無事だった商品があればこちらに送って」と、在庫を引き取り販売しています。一膳あたり1,000円のチャリティ付きで販売することをInstagramで発信すると、海外からもアクセスがあり、約1カ月で集まった寄付金50万円を輪島の取引先16社に渡すことができました。

 「日が経ってもまだまだ日常生活すらままならない状況です。そんな中、被災者自らクラウドファンディングで資金を集め自力で立ち上がろうとする人もいます。一方、自分での発信や義援金集めが難しい人もいるので、息の長い支援が必要だと思っています」と加藤さん。チャリティ販売は、まだしばらくは続けていくつもりだそうです。

japanと呼ばれる漆器が尼崎から


箸先に付けると、口当たりは優しいが滑り止め効果を持つ「乾漆(かんしつ)粉」をつくる作業。手間暇がかかるため漆メーカーでも製造が少ない

 日本での漆の歴史は古く、縄文時代から暮らしのなかに取り入れてきたといわれます。漆器は英語で「japan」とも呼ばれ、日本を代表する伝統工芸品のひとつでもあります。今はお正月のおせち料理を詰める重箱やハレの席で使われる器といった「高級品」の印象もあるかもしれません。

 加藤さんは「実は漆器は手入れが大変と思われがちですが、私が自宅で使っている漆塗箸は毎日食洗機で洗っても大丈夫ですよ」と教えてくれました。その言葉に漆がぐっと身近に感じられます。父のレシピを受け継ぎ、塚口で作る色漆が輪島へと届けられ、そして漆器という伝統産業がこれからも続くように応援していきたいものです。

 まずはその一歩として、私たちの食卓で欠かせないお箸に漆塗箸を使い、伝統工芸品の良さに触れてみませんか。


ヘラに付いた漆を丁寧に取る様子

赤の顔料を計量する様子

木樽に入った漆をローラーに通す様子

木樽に垂れる色漆の様子

長年使い込まれた秤

壁に並ぶヘラの数々

棚に並ぶ色を示すハンコ

オリジナルの型で尼崎城をあしらった漆箸

伝統的な色味である赤と黒の漆箸

(プロフィール)
かとう・ともこ 1974年、堺生まれ、尼崎育ち。医療技術系の大学へ進み、その後は製薬会社で糖尿病や肥満治療薬などの研究に取り組む。「英語を生かす仕事がしたい」と、青年海外協力隊としてアフリカ・ザンビアに、さらに研究目的でガーナにも滞在した経験を持つ。帰国後は大学院へ入るも研究を中断し、尼崎へ帰郷。英語力を生かし、自社通販サイトでは英訳対応もしており、海外からの発注にも対応する。海外の有名漆芸(しつげい)家との交流もあるという。
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