みんなが先生、みんなが生徒、どこでも教室。学びを通じて人と出会うためにまち全体を架空の大学に見立てたプロジェクト、みんなの尼崎大学(略して尼大)。「学び」をキーワードに、人や活動がまちでつながるプロジェクトとして2017年に開学しました。さまざまなスポットを会場に、体験や対話を通して学びを深めるオープンキャンパス。今回は、記念すべき50回目のオープンキャンパス「これからの会」の様子をたっぷりとお届けします。
これからの会って?
開学前の2016年11月、「みんなの尼崎大学 はじまるの会」が開催されました。はじまるの会では、尼崎で起きているさまざまな「学び」と全国のおもしろい「学び」の話を聞きながら、これからの「まちと学び」について考えました。それから約10年。尼崎のまちでは、たくさんの学びやつながり、活動が生まれました。はじまるの会からの10年の中で、何が生まれたのか。さまざまな取り組みに関わって来られた方とともに振り返りながら、それぞれの思いやこれからについて語り合う場が「これからの会」なのです。
50回目のオープンキャンパススタート!
日曜日の昼下がり、会場の園田学園大学(本物の大学!)に、続々と参加者のみなさんが集まってきました。教室は満員!なんと、開催前に満員御礼となったのです。まちに対しての関心の高さがうかがえます。
それではいよいよ、これからの会スタート!まずは進行の若狭さんによる、建学の精神「生涯、学習!」の説明からはじまりました。続いて、尼崎大学の取り組みの紹介です。みんなの尼崎大学では、オープンキャンパスをはじめとして、ゆるやかな情報交換・交流の場であるみんなの相談室や尼大生が立ち上げた部活が行われていたり、入学願書を書いたら発行される学生証があったりします。ちなみに、今日の参加者の学生証保有率は2割ほど、、!みなさんきっと「これから」学生証を申請されるのでしょう。
ここからは、会場にいる尼大生のみなさんへのインタビューをしていきます。まずは、3年前に尼崎大学の門を叩いたというきぞはるさんです。尼崎が地元で、結婚を機に尼崎に戻ってきたというきぞはるさん。普段はジャグリングの普及活動をされています。尼崎大学に入学した理由は、きぞはるさんが尼崎で製造している、国内シェア約90%のシガーボックス(ジャグリング道具の1つ)をまちに広めたかったから。まちに出るためにいろいろと探していたところ、尼崎大学にたどり着いたそうです。今日は、きぞはるさんの娘さんが実際にジャグリングを披露してくれました!あざやかなパフォーマンスに会場は大きな拍手に包まれました。
次にインタビューしたのは、日々部活に励んでいる古川さん。古川さんは、おととし尼崎大学クイズ研究会を立ち上げました。月に1回、アタック25のオマージュである「アマック25」を開催しています。アマック25は単なるオマージュではなく、しっかりと本家アタック25からの許可をいただいているそう。そして、アマック25出場者の中には本家に出場している方が3名もいて、中にはなんとチャンピオンもいるそう!一体何者なのか気になる古川さんですが、普段はコンピューター関連の会社で勤務しつつ、尼崎市国際交流協会のボランティアをされています。まさに、尼大があったからこそ生まれた活動・つながり。これからどう発展していくのか楽しみです。
続いて、各地域課で開催している井戸端会議の紹介です。中央地域課では、「中央おしゃべりデー」を毎月10日に場所を変えて開催しています。また、「うめにわミーティング」を中央北生涯学習プラザで開催しており、こちらは夜の開催のため仕事帰りにふらっと来られる方もいらっしゃるそうです。園田地域課では、奇数月の第3木曜日に「そのだではなすのだ」を開催しています。この前は上坂部にある西正寺で開催。みんなの尼崎大学からはじまった取り組みが各地域にも広まっていることがわかりました。
みんなの尼崎大学とはなんだったのか?
尼崎大学の取り組みについて知ることができたところで、そもそも尼崎大学とはなんだったのか、尼大をつくるまでに担当だった奥平さん、尼大ができてから担当だった立石さんに教えてもらいます。
お二人は、「ホットケーキ理論」という考え方に基づきながら、説明をしてくださいました。みんなの尼崎大学は、①知る②つなぐ③広げる④深める⑤高めるというステップを踏み、自治のまちづくりを行っていきます。つまり、オープンキャンパスなどで「知り」みんなの相談室で「つなぎ」人を知り、場を知ることで「広げ」まちでなにかをはじめた人の相談に乗ることで「深め」他者を支援する人を創っていくことで「高める」と積み重なっていくということ。これこそが、みんなの尼崎大学が目指し、取り組んできたことだといいます。
また、2016年11月に開催された「はじまるの会」で当時の副市長村山さんのあいさつを紹介してくれました。
「みんなの尼崎大学は、形ある大学ではなく、学びの改革だと思っています。1つ目は、経済第一主義の社会から、創意や知恵、工夫を尊ぶ社会への改革、2つ目は、分かったつもりの社会から、スイッチの入る社会への改革、3つ目は、暮らしの中に学びを取り戻すことです。学びの場から広がるさまざまな活動が暮らしの中の課題を解決していく。みんなの学びで解決していく。それがみんなの尼崎大学です」
こうして産声をあげたみんなの尼崎大学。ほんで10年どうやったんだろう?ということについて、ここからは「まなぶこと」「つなげること」「つづけること」の3つの分科会に分かれて振り返っていきます。
まなぶこと
3つのセッションの中で最も「若手感」があったのが、このグループ。尼崎市立ユース交流センターや認定NPO法人 Learning for Allなどで活動する伊勢菜砂さんは、現在大学生。そのほか、司会を勤めた北林和樹さん、みんなの門出(新しいチャレンジ)を応援する「cadode cafe」のオーナー・高井萌さんと、阪急塚口駅近くに新しくできた就労移行支援の拠点「ソーシャルスクエア尼崎」の管理者・村上卓哉さんも30代前半です。このセッションでは「まなぶこと」をテーマに、それぞれの活動や考え方を深掘りしました。
セッション開始時、司会の北林さんから「オランダの言葉で『学びは止めることができない』というものがあります。このセッションに登壇するみなさんも、学びを止めることができず、生きることがすなわち学びになっているような方が多いのではないでしょうか」という導入がありました。学ぶことは生きることである、という前提を置きながらセッションがはじまりました。
今回のセッションの中で、特に面白かった部分を何点かご紹介します。ひとつめは、それぞれのゲストが専門職(専門性)や職場を少しずつはみ出していく中で、既存の、あるいは規定の外側の関係性を徐々に広げ、その過程で選択肢や解決方法を広げているという話題です。関係性が広がること=学びであり、学びの結果として選択肢が広がっているんだという話は、当たり前かもしれませんがなるほどなと思わされました。つまり、学ぶということは、単にインプットをして知識を増やすことだけではなく、さまざまな他者との関わりの中で活用できる(地域)資源が増え、結果として選択肢が豊かになっていくことでもあるのです。
もう一点は、暮らしている中で楽しく学んでいる、あるいはイキイキと活動しているように見えるそれぞれのゲストですが、それぞれの根底には違和感や憤り、もっと言うと義憤のようなものがあるという話題でした。伊勢さんからは「可能性とエネルギーに満ち溢れていた友人が職場でどんどんやる気を削がれていったんだ」というエピソード、高井さんからは、双子の親としての暮らしづらさや生きづらさ、サポートや制度があったとしても当事者としては少し使いづらい状況になっているという話題などがありました。
「自分自身が引きこもりだった過去に、なにかをしようとするのではなく、単に関わってくれた人がいたから、自分は引きこもりを脱することができた。今、支援しようと関わるのではなく、そこにいる、その人として関わるというありかたが圧倒的に少ない」
と語るのは村上さんです。その静かな語りの中に、熱い想いが見え隠れします。さらに村上さんは語ります。
「けれど、その状況をつくっている悪者の親玉がいるわけではない、というふうに思うようになりました。一時は、行政や支援機関を敵のように思っていた時期もありましたが、そうではなく、それぞれがそれぞれのフィールドの中で個別で頑張っているだけなんだ、と思うようになったんです。そこから、共に課題をどう解決するか、どう一緒に取り組むことができるかを問うようになりました」
怒りのエネルギーだけでは継続しません。そして、仲間を本当の意味で広げていくこともできません。さまざまなアクションの中でそうした「学び」があった、そう村上さんは語ってくれました。
つなげること
さまざまな立場の人が出会う場で、「つなげる」を日々行っている3人のゲストと聞き手による分科会。まずはゲストの自己紹介からはじまりました。
1人目は、合同会社「ココスキ」の代表を務める坂本恵利子さんです。2005年に大阪の阿倍野から引越しをした坂本さん。はじめ住む場所として認識をしていた尼崎を、初めて地域として認識したのは子どもの小学校区変更のタイミングだったと言います。その後、フリーライターをしていたことを理由にフリーペーパーに興味ないかと誘われて出会ったのが、尼崎の地方情報誌「南部再生」。さらには「あまがさきビジネスプランコンペ」に応募したことをきっかけに、こども作文教室を開講。開講するにあたって、いい意味でおせっかいな人たちにたくさん出会ったそうです。そして、みんなのサマーセミナーにハマっていき、立場も年齢も肩書きも関係のないフラットな関係の良さを実感。だんだんと1人でやるより仲間とやった方が絶対楽しい!というモチベーションになり、「ココスキ」を立ち上げました。
2人目は、「尼崎で1番都合のいい男」という自己紹介からはじまった多田銀次郎さん。武庫之荘のカフェ「パイナワーフ」の店主をしながら、デザインやグッズ制作などをされています。地域へのきっかけは、市制100周年の際に開催されたイベント「尼崎ぱーちー」。そこで気の合う面々と出会ったことで、さまざまな活動につながっていったそうです。趣味で「尼ライフは上々だ!」ラジオをしている多田さん。最近はつなげる係に挑戦しているそう。管理人を務めるシェアスペースAMA-NESTでは、交流会やアートイベントを企画しながら、人と人を、人とまちをつなげています。
3人目はNPO法人サニーサイドの松村史邦さん。障害福祉分野で仕事をしながら、多様な人が心地よいまちを目指して、シェアスペースhinataを運営。また、自宅をシェアハウスにして、若者たちと暮らしのシェアを実践しています。松村さんのつながり方は、人に頼ること。「貸して~」「来てほしい~」と頼ることでつながりを深めています。また、hinataを運営する中で、この場所があったからこそ生まれた出会いがたくさんあったそう。「つなげているわけではなく、つながってしまっているのだと思います」と松村さんは言います。
聞き手は、市内で看護師として勤務するかたわら、コミナスよろず相談所という多世代に向けた相談所をあまがさきキューズモールを中心に各地で行っている福田祥子さん。ここからは、4人でセッションタイムです。福田さんの「みなさんどういう基準でつなげていますか?」という質問からはじまりました。
坂本さん「やりたいことを相談してもらう機会があるので、その人に合いそうな人と会う機会をつくっている。『誰か紹介してください』は少し違うなと思う」
多田さん「普段から人間観察をよくしている。また、誰でも受け入れてつなげているわけではなくて、『多田フィルター』がある。そのフィルターがある方が都合が良い。また、『応援したいフィルター』もある」
松村さん「『わたしの好きそうな人を連れてきて』と伝えている。あと、やりたいことなどを聞いたときに、それならあの人が合うんじゃないかな、と脳内図鑑がめくれる感覚がある」
紹介するのではなく、その人とその人が出会う場をつくること。それが「つなげる」ために大切だということがわかってきました。参加者のみなさんからは、「ゲストのみなさんは見ている範囲がとても広いなと感じました」「尼崎はあったかい人が多いなと改めて思いました」「つながるということが子どもたちにも広まってほしいと思いました」などの感想が。
その後も、参加者のみなさんから感想や質問を聞いていると、あっという間に分科会終了の時間に。「つなげること」は決して紹介するだけではありません。人と出会い、人とまっすぐに向き合っているからこそ、相手にどんな人に出会ってほしいか、ということが自然と頭に浮かんでくる。それがつなげることであり、つながりが広がっていくことなのではないでしょうか。
つづけること
こちらはベテラン、この10年ですっかり定番となったイベントや放送局を率いるリーダーたちとともに、当初の気持ちや10年以上続いた理由とこれからについて探っていきます。聞き手は三和本通商店街で私設図書館「さんとしょ」を運営する一般社団法人オリコムの柏木洸一さん。尼崎市役所で働きながら副業制度を使って市職員の仲間と一緒に、ちょうど3年前にオープンした尼崎期待のルーキーです。冒頭に柏木さんからは「継続と更新」「ひとりとなかま」「マンネリとお金」というキーワードを示してセッションがはじまりました。
「しょうがいのある人もない人も いっしょにたのしめるおまつり」ことミーツ・ザ・福祉では漫才、新喜劇、声のないお店、恋するミーツといった斬新な企画が数々飛び出します。そのアイデアの源泉を問われた「ミーツ・ザ・福祉」の清田仁之さんは「しょうがいのある人がやったことのないことに挑戦するだけで新しい企画が生まれるんですよ」と答えます。「福祉はプロにまかせるものという思い込みがあるんですよ。自分ごとになりにくい世界をもっと身近にしたい」と企画を更新し続け、黄色いポスターとともにすっかり秋の定番になりました。
「誰でもセンセイ、誰でもセイト」と市民が教壇に立ち学び合う「みんなのサマーセミナー(通称サマセミ)」は2015年にはじまり、今年で12年目を迎えます。現在6代目となる実行委員長を務めるのは、”わたもえ”の愛称で親しまれる渡邊百笑(もえ)さん。大学生の彼女は中学生の頃にこのイベントを知り、そのバトンをつないでいます。「お金や行政とのやりとりとかは苦手なので自分にできるのか不安でした。でもメンバーそれぞれが得意なことを持ち寄ってくれるのが頼もしいんですよ」と長く続くイベントを背負うプレッシャーに向き合っているようです。
一方、資金ゼロから再出発したのが「FM BLOOM(みんなのあま咲き放送局)」です。かつて「FMあまがさき」として市が運営支援してきたコミュニティ放送局の閉局を機に、パーソナリティたちが「電波を止めるな」と立ち上がりました。放送局長として三宅奈緒子さんは、20年以上に渡ってマイクとカメラを持って尼崎市内を周り街の人にインタビューをし、毎年写真展も開いてきました。「これまで出会ってきた尼崎の人が好きで、その気持ちだけでやってきました。放送局経営はとても厳しいけれど、尼崎の経営者や住民パーソナリティとして番組を盛り上げてくれる人のおかげでなんとかやっています」と多様なメンバーの大切さを話してくれました。
「つづけること」がテーマの分科会でしたが、どの取り組みも「つづける」という気負いがなかったのが印象的でした。いつでも止めることができるから続けられる。その時その場に集まった人たちで目的を共有しどう楽しむか、メンバーそれぞれができることを持ち寄る面白さが、10年続いた秘訣なのかもしれません。
最後は学生番号1番のあの方が、、!
大教室に戻り、それぞれの分科会でどのような話をしたのかを全体でシェアしたあとは、尼崎市前市長の稲村和美さんから今日の感想をお聞きします。実は稲村さん、尼崎大学の学生番号1番!最初の尼大生・稲村さんは、市長当時のことを振り返りながらお話ししてくれました。
稲村さん「それぞれの分科会を30分ずつ回っていました。答えが出ない問いに向き合う時間って大事だなと改めて思いました。市長をしていたときは、財政難を扱いました。でも、そうでなかったらここまでいろいろなチャレンジは生まれなかったなと感じています。いま、ここでやろうとしている学ぶということは、お金では買えないような面白さがあります。合わせてしんどさもあるけど、傷つくことは気づくこととつながっていると思っています。今後も学習する地域をつくっていくために、よろしくお願いし合いましょう!」
これにて、みんなの尼崎大学オープンキャンパスvol.50「これからの会」は終了。10年で生まれたさまざまな取り組みに関わるゲストのみなさん、そしてたくさんの参加者のみなさんとともに、これまでを振り返り、それぞれの思いを語りあいました。果たして今後、どのような「これから」が待っているのでしょうか。その答えは誰にもわかりませんが、きっと尼崎には明るい未来が待ち受けているはず。未来の第1歩となる「これからの会」になったのではないでしょうか。