哲学者・谷川嘉浩さんと「スマホ時代の哲学」を味わう談話室

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 「尼大生同士でもっとじっくり話をしたい」と今年からこれまでの談話室のスタイルをちょっとリニューアルすることになりました。第1回の5月21日には哲学者の谷川嘉浩さんをお招きして「哲学対話」を手がかりに、私たちがこれから話し合うテーマについて考えました。谷川さんは、今年4月に発売した『スマホ時代の哲学 増補改訂版』がわずか1カ月で3万部を超えヒットしている気鋭の哲学者。いつもの顔ぶれに加えて、彼の言葉にふれようと新メンバーもあわせて14名の尼大生がひと咲きプラザに集まりました。

哲学対話って聞いたことありますか? 


 はじめに「哲学対話って知っていますか?」という谷川さんからの呼びかけに、「聞いたこともない」「聞いたことはあるけどやったことはない」という人がほとんどのなか、一人の参加者から「“恨み”をテーマにやったことがある」という声が。恨みで対話? なんだか難解そうな予感が参加者に広がりました。
 そこで谷川さんは「哲学対話にはルールや仕組みがあるんですよ」と、ホワイトボードにポイントを書き出しました。

話をさえぎらない。

偉い人の言葉を使わない。

「人それぞれ」ですませない。

なるほど、これなら話すのが苦手でも、哲学書をたくさん読んでいなくても参加できそうです。さらに仕組みについても3つを挙げます。

時間が来たら終わる。

(話している)ターンの人がわかるようにする。

問い(テーマ)は自分たちで決める。

 最後にクリアな結論がでなくても時間が来たら対話を終了します。「生煮えになっても終わる、モヤモヤした状態が大切なんです」と谷川さん。たしかに私たちは普段の仕事や会議では結論を急いで、じっくりと対話していないことに気づかされます。

哲学対話ちょっとだけやってみました

 そして、問い(テーマ)は自分たちで決める。与えられた問いではなく、集まったメンバーでテーマを持ち寄り、多数決で問いを決めて哲学対話に挑みます。まずは即興で事務局メンバーと谷川さんの4人でやってみました。


①なぜ電車でお弁当を食べてはいけないのか?
②トマトが苦手というと「ケチャップはいけるの?」と聞かれるのはなぜか?
③晴れがいいか、雨がいいか
④台所ってあなたにとってなんですか?

 4人からこんな問いが出てきました。どれも一見「知らんがな」と言いたくなるようなテーマですが、よくよく考えると深い哲学が隠れている、ような気がします。ホワイトボードに書き出した4つからどれを選ぶか多数決をすると、③の事務局日野さんの問いが選ばれました。最近担当するイベントの日がいつも雨になって悩んでいたそうです。

 「僕はあまのじゃくなので、雨がいいと思います。物語を見ているとドラマが起こるのは雨。変化が起こるために雨は必要だと思うんですよ」と谷川さんが切り出すと、司会の藤本さんからは「子どもの頃野球をやっていて、雨で休みの連絡が来た時めちゃくちゃ嬉しかった」と思い出を語り、事務局の若狭さんは「完全な雨や完全な晴れは好きだけど、中途半端なのが一番苦手」と問いから脱線。
 最後に日野さんが「たしかに白黒はっきりしている方がいい。くもりならぎりぎり耐えられる」と新たな対話軸が生まれてちょうど3分、モヤモヤしたまま突然終了しました。


問いを自分たちでつくって味わう楽しさ

 「今回はデモンストレーションで3分と短かったですが、もっとじっくり沈黙を味わってもいいと思います」と谷川さんは新たなルールに「沈黙もいい」と書き加えました。こんなふうに集まった人たちで話し合いながら、調整するのも哲学対話の面白さなのかもしれません。

 「では皆さんで問いを考えてみましょう」と3〜4人のグループに分かれて15分間、問いを考えてみました。年代もさまざまな人たちがこれまでの人生で感じてきた素朴な疑問を持ち寄る様子は、なんだかいい雰囲気です。


 お米の適正価格はいくらなんだろう? お酒を飲める方が幸せなのか? ヒマってなんだろう? 運動好きってどうして明るいと認定されるのか? 友達の家に手土産はいるのか? など珠玉の問いが挙がっていきます。どれも尼大生らしい遊び心とセンスあふれる問いたち。せっかくなので次の談話室のテーマを選ぼうと多数決をとった結果、なんと「純愛」が11票を集めて第1位に。愛とどう違うのか、純とは何なのか、いくつも持てるものなのか、など一つの問いがさらなる問いを生んでいきます。「純愛」のゆくえが気になる方は、7月9日の談話室へぜひおこしください。


哲学はモヤモヤと考えるためのエンジン

 最後に「哲学をすると何がいいのか」というテーマで谷川さんがレクチャーをしてくれました。著書『スマホ時代の哲学』を紹介しながら、スマホやタブレット、モニターに囲まれた現代の私たちは「マルチタスキング(ながら作業)」の常態化が強いられているといいます。注意が分散して落ち着きのない状態で「関心を乗っ取られている時代」と谷川さんはいいます。

 でもどうして私たちは、ながらスマホから目を離せないのでしょう。その答えは「心地いいから」と谷川さん。「このダルい酩酊状態が、現代人が抱える寂しさをごまかしてくれるが、本質的な解決にはつながらない」と指摘します。スマホを手放せない理由のわかりやすい説明に思わず膝を打ち、本屋に走り出しそうになりました。


 「こうした状態への一つのアプローチが哲学なんじゃないかと思っています」という谷川さん。2500年分のさまざまな議論や会話の蓄積がある哲学が、私たちに「長い思考」というものをもたらしてくれるといいます。
 「で、結局この問題の答えは?」といった性急にゴールを求める態度は、そもそも哲学には向いていないようです。「私が採用しているプラグマティズムという考え方では、哲学の理論をゴールだと考えません」。仮説を提示して実験して、さらに仮説を修正するという繰り返しが重要なのだといいます。

 「哲学はモヤモヤと考えるためのエンジン」という谷川さんの言葉を受けて、「市民活動や地域活動も当初の思いが時間とともに変わっていくものですが、その都度今いるメンバーで調整しながら先にすすめていくために、哲学対話がヒントになるのでは」と司会の藤本さんが締めくくりました。

 来月6月11日(水)19時からは、活動の悩みや仲間募集などを持ち寄る相談室。「純愛」をテーマに哲学対話に挑戦する談話室は7月9日(水)です。皆様のご参加お待ちしています。