夫婦で尼崎からオシャレな鉄づくりを発信

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工場の前に立つ中塩屋さんご夫婦
中塩屋宜弘さん(45)、祥子さん(46)/工場経営者

 尼崎・次屋の工場が立ち並ぶ一角に「ヒロセエンジニアリング」はあります。創業は1970年、主に船舶のタンクや生コンクリート工場の設備設計などの仕事を手掛けてきた鉄工所です。現在、社長を務めるのは2代目の中塩屋宜弘さん。先代の父親が亡くなり、33歳で社長業を継ぎました。妻の祥子さんは、幼稚園時代からの幼なじみ。祥子さんは、前職でパソコンのインストラクターの経験があり、結婚後に宜弘さんから「会社の経理をやってくれへんか?」と誘われ、仕事を手伝いはじめたそう。当初は、詳しい仕事の内容までは知らずに関わっていたといいます。

大型機械導入で納期短縮を強みに


新しく導入したプラズマ加工機によって、自社で鉄材を自由自在に加工できるようになった

 これまで鉄工所では、素材メーカーから予め裁断した鉄材を納品してもらい、そこから加工を行うというやり方でした。そのため、取引先から発注が来ても納品には2~3週間かかっており、宜弘さんは「何とか取引先への納期を短縮できないか」と思い、自社で鉄材を裁断加工できる機械を導入したいと考えるようになりました。その機械購入のための補助金申請を祥子さんに託します。現場仕事で忙しい宜弘さんに代わって、パソコンの扱いや膨大な書類作成を難なくこなす祥子さんの力が必要だったのです。

 その甲斐あって、補助金申請が採択され、念願のプラズマ加工機の導入に成功。自社での鉄材の加工が可能となり、納期をこれまでより大幅に短縮できるようになりました。さらに、取引先を増やすことにもつながりました。

機械導入をきっかけに生まれた新ブランド「ヒバナス」


立て看板や鉄スタンドの脚を付けたベンチなどカスタムオーダーもできる

 鉄材から自社加工ができるようになった直後から、祥子さんが気になることがありました。
―「大きな鉄の端材がもったいない」
 端材を何かに加工して製品化できないか、と思い始め、閃いたのがバーベキュー用の鉄板でした。実は、祥子さんの実家はかつてステーキ店を営んでいて、母親から分厚い鉄板で焼くステーキの美味しさをよく聞かされていたそうです。


直火禁止の場所でも使えるBBQコンロ・焚火台「HIBURN(ヒバーン)」

 こうして生まれた最初の製品となる鉄板が「HIBARON(ヒバロン)」です。その後、キャンプ好きな友人に「HIBARON(ヒバロン)」を見せたところ、バーナーに合わせた五徳台が欲しいとの要望がありました。有名メーカーでは「入荷待ち」となるほど、ニーズの高い製品だというのです。鉄の端材から生まれたオシャレな製品は、鉄の火花から連想した「HIBANAS(ヒバナス)」とブランド名を付け、次々と新商品を生み出していきます。

 生み出した製品は主にキャンプ好きが集うSNSなどにも紹介されるようになります。でも「ヒバナス」はキャンプブランドに留まらず、「尼崎からオシャレな鉄を発信したい」との思いがありました。そんな思いを抱いていた2020年春、世界中で新型コロナウイルス感染症が広がり始めました。

コロナ対策の新商品が大きな話題に


HIBATOUCH(ヒバタッチ)は2種類。(左)ネコをかたどった「触れないニャン」(右)サルをかたどった「代わりにやるモン」と(各1,430円)

 すぐに「何か対策に繋がるものを作れないか」と思い立ち、直接手で触らずにボタンを押せるタッチレスツール「HIBATOUCH(ヒバタッチ)」を商品化。発想からわずか数週間での完成でした。ネコとサルを模った2種類の可愛らしいデザインは、4月末の発売と同時に大きな反響を呼びました。

 新しい製品が出るたびにプレスリリースすることを欠かさなかった祥子さん。時機を捉えた「HIBATOUCH(ヒバタッチ)」に、テレビや新聞の取材が相次ぎます。そのおかげで、購入希望のお客さんからの問い合わせが会社に殺到し、一時電話がパンクするほどだったそう。発売から3カ月で4000個を売り上げるヒット商品となりました。

ヒバナスブランドの思わぬ副産物


テントを立てる時に使うアイアンペグ「HIBASAS(ヒバサス)」の細かい手作業をする職人

 現在、ヒバナス製品の販売は自社の通販サイトでの取扱いのみ。もっと認知を広げようと、今年3月、大阪千里の万博記念公園で開催された日本最大級の展示規模を誇るアウトドアフェスに初出展しました。当日は、親戚もブース販売に駆け付け、社員も家族やパートナーとともに会場に遊びに来て、イベント出展を楽しみました。

 祥子さんは言います。「ヒバナスを始める前までは、どこか私と社員さんには距離がありました。でも、試作品や製作過程を通して、コミュニケーションが多くなって、イベント出展のときは社員総出の親睦会みたいな雰囲気でした」。ヒバナスは潤滑油のような存在でもあるようです。

馴染んだまちで、働き暮らす


ヒバナスシリーズの製品をくり抜いて、工場脇に立てかけられた端材

 お二人にお互いの仕事ぶりについて、尋ねてみました。宜弘さんは「安心して経理を任せられること」と短く答え、祥子さんが続けます。「いつも私が9割喋っていて、夫は1割くらい。口数の少ない夫ですが、芯が通ってる。興味があることとないことがハッキリしていて、人の悪口すら耳に入らず一直線で、ブレない人ですね」と、宜弘さんを評します。  


 現在の住まいは、子どもの頃から住み慣れた園田地域。小学生になる息子さんと三人で暮らしています。意外にも家に帰れば夫婦で仕事の話しはしないそう。子どもの小学校で、久しぶりに同級生に再会することも度々あるそうです。「行きつけの飲食店も歩いて行ける近所の店ばかりなんです。園田地域から出ようと思ったことはないですね」と、祥子さんは語ります。住み慣れたまちで暮らしながら、尼崎から新しい鉄の可能性を発信する夫婦の二人三脚は、これからもますます広がっていきそうです。


工場外観

工場の内部

鉄の端材

加工待ちのペグ

ヒバナス製品のパンフレット

出荷待ちの船舶用製品

(プロフィール)
なかしおや・よしひろなかしおや・さちこ 尼崎市出身、在住。お互いを幼稚園時代から知る幼なじみ。年に一度は必ずキャンプ好きの友人家族たちとヒバナス製品を携えBBQをするのが何よりの楽しみ。